第53話 拳闘対決

 深緑のダンジョン第1層に突入した。このフロアは罠が中心となっていてモンスターはそんなに強くない。罠にさえ気を付けていれば死ぬような場所ではない。


「た、助けてくださーい」


 植物のツタに絡まっているバニーガールがなんか変なことをしている。まあ、アタシには関係のないことだ。こんな破廉恥ボディなやつは無視して先に進もう。


 第2層には……愛しのシュラ様がいる。それまで我慢。


 アタシはそのまま第2層へと進んだ。


 第2層の攻撃禁止エリアに出た。次の瞬間、大量の蜂が襲ってきた。なるほど……蜂を素手で相手をするのはほぼほぼ無理。だけどアタシにはこの妙技がある!


 拳同士を擦り合わせる。そうすると炎を拳に纏える。その炎で蜂を燃やす!


「てい! やあ!」


 アタシの素早い拳で蜂共を蹴散らしていく。こんな雑魚の相手をしている暇などない。アタシには会いたい人が……


「ひゅー。やるねえ」


「はぅ」


 イケボが聞こえた方を見るとそこには……動画で見たシュラ様の姿があった。


「ちょっと、オレと手合わせしてくれねえか?」


「は、はひぃ。よろこんで」


 シュラ様が構える。アタシもそれに応戦する。


「ハイヤー!」


 シュラ様が素早い動きでアタシに突き攻撃を連発してくる。凄い! 速い! 攻撃を受け止めるだけで精いっぱいだ!


「ああ、シュラ様素敵ですぅ」


「なんだと……」


「こんな素敵なあなただからこそ……本気で狩りたいんです!」


 アタシはシュラ様の拳に併せて自分の拳をぶつけた。シュラ様の拳の方が若干威力が高いの押し負ける。でも重要なのはそこじゃない。アタシの拳は炎を吹く!


 シュラ様の拳に炎が燃え広がる。


「こ、これは……何の素材を使ったかは知らないが……ダンジョン内の素材を使って拳をコーティングしたってところか。やるじゃねえか!」


「あはぁ……シュラ様に褒めていただいた。えへへ」


 褒められてテンションが上がったアタシはエンジンも上昇する。体が軽い。先ほどまでとは比べ物にならないスピードでシュラ様に拳を打ち付け続ける。シュラ様はアタシの拳に当たったら発火することに気づいたのか、拳を受け止めようとせずに回避を続ける。


「ほらほら、シュラ様! 避けてばかりいては勝てませんよ」


 シュラ様の右の拳は既に発火している。その炎が燃え広がれば何もせずともアタシの勝ちだ。


「これで止めです!」


 アタシはシュラ様の顔面めがけて全力の拳を叩きつけようとする。回避が間に合う訳がない。そう思っていたら、アタシの手首に鋭い痛みが走った。


「っ……!」


 一瞬何が起きたのかわからなかった。アタシはシュラ様と距離を取り、冷静に状況を分析した。シュラ様の構えから察するに、彼はたった今手刀を放った。下から上への方向。アタシの手首に手刀を当てて拳の軌道を上にズラした。そうすることで拳はシュラ様の頭上を突き抜ける。それで攻撃をかわしたと言うの。


「ふう……」


 シュラ様は右手の拳をパッパっと払って炎を消した。


「ああ。アタシの情熱と熱情の炎が」


「なにをわけのわからないことを言ってるんだ。情熱も熱情も同じ意味じゃねえか」


「なら次は恋慕の炎で燃やし尽くしてあげます!」


 アタシは両の掌をあわせた。そして祈りのポーズを取り……、手から炎の玉を放った。


「ハッ!」


 シュラ様は蹴りの風圧でアタシの炎を消した。つ、強い。これがCランクダンジョンのフロアボスの実力。


「ふう……そろそろ遊びは終わりだ」


「遊び?」


「ああ。お前は強い。だからこそ、手合わせは終わり。これからはお前の首を本気で取りにいく」


 はぁあわぁあああ! シュラ様もアタシを殺そうとしてくれるなんて。これって相思相愛じゃない!


 シュラ様は拳をぎゅっと握った。さあ、ここからどんな技が出てくるのかな? どんな技でも受け止めてあげる。


「食らえ! ポレン弾!」


 シュラ様の手から黄色い球体が飛びだしてきた。そして、それがアタシの目の前で破裂。黄色い球体は粒子となってアタシの顔面にべったりとくっつく。


「こ、これは……えくち!」


 く、くしゃみ……め、目のかゆみが止まらない。こ、これはまさか……


「オレの花粉をバラ撒いた。これで集中力も低下するだろ。戦いにおいて集中力を削がれえるとどうなるか」


「えっくち……がは……」


 アタシがくしゃみをした、その一瞬を突いてシュラ様が距離を詰めて手刀を繰り出してきた。


 その後もシュラ様は連続でアタシに攻撃を仕掛ける。つ、強い……勝てない。


「ぐぼへぇ……」


「己を高める技ではなく、相手を弱体化させる技。それ故にオレはこの技はできれば使用したくなかった。しかし、オレはルネ様に仕える身。ダンジョンにやってきたお前を殺す義務がある!」


「ふーん、なるほどねえ……」


 ルネ様のため……ふーん。


「もういいや。えっくちゅ」


「もういい……?」


「瞬動!」


 アタシは脚に力を入れて思いきり跳躍した。一気に第2層の攻撃禁止エリアまで飛んだ。


「んな……」


 戦闘中に攻撃禁止エリアに行ってもそれは適応されない。だからシュラ様はアタシを攻撃することはできる。させないけど。


 アタシは第1層へと急いで移動した。第1層にいけば、第2層の戦闘状態を強制的に解除できる。つまり、新たに第1層の攻撃禁止エリアのルールが適当される。


「くそ、取り逃がしたか」


 悔しがるシュラ様。なんて無様なのか。まあ、戦闘データは大体取り終わった。また作戦を立てて、じっくり攻略してあげる。


 優秀な探索者はダンジョンを進むものではない。必要な時に撤退できるだけの手段、余力を残している者。アタシの方が優秀だった。それだけね。



「ルネ様本当にすまなかった」


 シュラ君がネコのぬいぐるみの前で頭を下げている。ネコのぬいぐるみは本当に便利だ。私はボスフロアから出ることができないけど、こうしてぬいぐるみを介すことで他の層のモンスターと交流することができるようになった。


「勝てる相手を取り逃がしてしまった。オレがさっさと花粉攻撃を食らわせて倒しておけば……」


「まあ、仕方ないよ」


 実際、強くなったシュラ君とまともにやりあえる探索者を相手にできるのはこのダンジョンでは数少ない。


 私は性別的に自分の能力では花粉攻撃が使えないから、人によってはシュラ君の方が厄介だって人もいるだろうし、あの探索者も私が相手だったら倒せてたかどうかは……いや、多分倒せる。なんかそんな気がする。だって、私はボスモンスターだもの。


「というわけで、2度とこんなことがないように1日1万回正拳突きをして鍛錬する」


「いやいや。別にそんなことしなくていいから」


 そんな努力されたら私より強くなっちゃう。そうしたら、ボスモンスターが交代なんて事態もありえる。そうしたら、先に魔界に帰るのはシュラ君の方に……


「あれ? そういえばシュラ君って何歳なの?」


「さあ、500を超えてからは数えてないな」


「魔界にいるモンスターで人間界に送られるのは、制度ができてからの新生児だけのはずでは……?」


 だから、今のところ人間界にいるモンスターは若いモンスターが多い。そんな500歳超えているようなのがいるわけが……


「それは強制的に送られるモンスターだな。オレはもう魔界に帰るべきところがない。魔界に居座る動機がないんだ。だから、人間界行きを希望した。オレがその枠に入れば、1人でも人間界に行くモンスターが減らせるからな」


「うう……なんて良いモンスターなの……」


 感動した。魔界にいる老害どもがみんなそういう考えだったら若い世代の私たちが苦労せずに済んだのに。

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