第52話 バ、バカな……あのゴーレムが
樹の精を強化したけれど、まだダンジョンには誰も来ていない。寂しい。せっかく強くしたんだから、樹の精の強さを試したいのに。
翠華君がなにやらタブレット端末を操作している。私と同じく魔界出身のモンスターなのに、まあこうも簡単に人類の文明の利器を使いこなしてくれちゃって。
「ルネ様。ゴーレムを覚えていますか?」
「ゴーレム。ああ、確か宇藤が隠れ蓑にしていたダンジョンのボスモンスターだよね?」
宇藤に囚われていたけれど、榎本の機転によって助けられた。今は元気でボスモンスターやっているかな。
「ええ。そのゴーレムですが死にました」
「ええ!?」
そ、そんな。面識ないけど一応は同郷のモンスター。ちょっと前までは、元気な姿を見せていて、レッドオーガと化した宇藤を倒すのにも貢献してくれたあのゴーレムが……
「低ランクのダンジョンとは言え、ボスモンスター。そう簡単にやられるようなモンスターではないはずですけどね」
「そ、そうだよね。それでそのゴーレムを倒した探索者って誰なの?」
ダンジョンのボスモンスターを倒した探索者。その情報は全世界に公開される。調べようと思えばネットで調べられるみたい。私は調べたことないけど。
「えっと……なるほど。格闘家の女ですね。名前は
翠華君が私にタブレット端末の画面を見せる。そこには佐原 紬とやらの顔写真が載っていた。黒髪のおさげの女で顔は私程ではないにしろまあまあ可愛い。見るからに華奢そうな子だけど、こんな子が本当にゴーレムを倒したのかな。
「佐原は低ランクダンジョンのボスモンスターは手応えがなくてつまらなかったと語っています。今度はランクを飛び級してCランクダンジョンのボスモンスターを狩りたいと言っています」
「へー。まあ、ウチはDランクダンジョンだし関係ないか」
「え? もうCランクダンジョンに戻りましたよ?」
「え?」
「篠崎さんの話を聞いてなかったんですか? 元々Cランクダンジョンの素質があったし、最近ではダンジョンが強化されたからCランクに上がったって」
「じゃあ、このダンジョンは佐原が狙ってる対処ってこと?」
「そうですね」
冷静に言ってのける翠華君。そんな……だって、そんなことしたら……
「私のダンジョンの栄養になる可能性がまだある……! よし、こうなったら、佐原にアピールしよう!」
「来ますかねえ?」
「うーん。どうかな。まあ、とにかく色んな動画をあげてアピールしようよ」
「でも、私たちはボスフロアから出られないんですよね? ダンジョンのアピールをするのは難しいかなと……」
「大丈夫。篠崎さんがやってくれば、その間はダンジョンが閉鎖されるから、ボスモンスターがボスフロアで待ち構える必要がなくなるから」
「結局、また篠崎さん待ちですね」
すごく面倒なルールだとは私も思う。でも、これが人間界と魔界が決めたルールだから仕方ない。魔界は人間界に土地を貸してもらっている立場だから多少は条件が不利でも飲まざるを得ないのが辛いところだよ。
「動画を撮影するにしても、なにかネタはあるんですか? 大体の素材はもう宣伝しましたし」
「そうだね。最近新しくなったと言えば、やっぱりシュラ君?」
「なんですか? フロアボスが強くなったって宣伝するんですか?」
「うん。アピールになるかなって」
「ならんでしょうよ。探索者は楽に良い素材をゲットしたいはずなので、フロアボスの強化はマイナスにしかなりません」
翠華君が私の言うことを頭ごなしに否定する。
「そんなのやってみなくちゃわからないじゃない!」
「それに、わざわざこちらの手の内を晒してどうするんですか? 普通はダンジョンの攻略情報は帰還した探索者同士が情報を共有して煮詰めるものなんですよ。ボスモンスター自らが暴露するってなんですか!」
「いいじゃない。どうせ、宣伝しなかったところで誰も来ないんだから、宣伝はマイナスになりようがない! プラスに転じるかゼロになるかの二択。なら、プラスに賭けてやるしかないよ!」
「宣伝しなかったところで誰も来ない」か。自分で言っていて悲しくなってきた。
「まあ、ルネ様がどうしてもというのであれば、私はもう止めません。確かにダンジョンに来る人が0からマイナスには転じませんからね。やるだけやってみましょう」
「うん、そうこなくっちゃ」
というわけで、私は篠崎さんが来る日に、シュラ君と動画撮影をすることにした。いつも通り撮影係は篠崎さん。まあ、これも弁護士の仕事ってことだね。
◇
ふう。ダンジョン探索者になって早1年。ボスモンスターを倒すほどに実力をつけて、若手最強の探索者の称号まで得てしまった。
どいつもこいつもつまらない。早くSランクダンジョンをクリアしてその先にある高みに到達したい。次回挑戦する予定のCランクダンジョンも所詮はその足掛かりにすぎない。さて、アタシの踏み台となる哀れなモンスターは誰だ?
「いえーい。ボスモンスターのアウラウネのルネだよー。今日は新しく強化されたフロアボスのシュラ君を紹介したいと思いますー」
なんだこれ。勝手に再生されたショート動画。アホっぽい
「あ、ちなみに紹介する前に深緑のダンジョンがCランクに上がりましたー。いえーい! ぱちぱちー」
「ハァ!」
な、なに言っているの。こんなアホ面下げてダンジョンの秘密を明かそうとしているアホがCランクダンジョンのボスモンスター?
なるほど。確かに対象ではある。けれど、やめておこう。こんなの倒したところで何の自慢にもならない。私が欲しいの栄誉。ただそれだけよ。こんな動画さっさと閉じよう。
「おめでとうございます。ルネ様。オレも地味ながら活躍した甲斐があったってものだな」
アタシの手がピタっと止まった。その声を聞いた瞬間、動画を閉じることが不可能になってしまった。
そして、画面に目をやるとそこにいたのは……
「あ、ああ、あああああああ! な、なにこのかっこいいお兄さん! タイプ! 超タイプだよおお!」
「画面の前のキミ。見ているか?」
あ、これ、アタシに話しかけてる?
「深緑のダンジョンはキミたちの挑戦を待っている。オレの名前はシュラ。第2層のフロアボスだ。腕に自信がある者はぜひともオレと手合わせをしてくれ。キミの挑戦待ってるぞ!」
「は、はひい! 行きましゅうう! ダンジョンに行かせていただきます!」
そこで動画は終わった。そして、アタシはその動画を保存して大切にバックアップを取った。よし、これで急に動画が削除されてもいつでもシュラ様のお姿を確認できる。
「次の標的。決まったね。シュラ様……アタシがこの手で……あなたを……」
アタシは両手の拳をバチっとぶつけた。その瞬間私の両手の拳が真っ赤に燃えた。
「葬り去ってあげる!」
ああ、やっぱり良い。モンスターは強ければ強いほどいいのは間違いない。でも、そこに美形が加わると更に狩った時の喜びは倍増。価値があるモンスターほど、アタシの手にかけたくなっちゃう。
「ふふ、ふふ、ははははは! 火葬がいいかな? 土葬がいいかな? それとも普通に撲殺する方がいいかなー?」
テンションあがってきた。よし、こうなったら、今日はルネの動画を見まくってやる。きちんと情報は収集してからダンジョンに挑むのが探索者として長生きするコツだ。
愛しのシュラ様。そして、ついでにボスモンスターのアルラウネ。アタシの踏み台になれることを光栄に思うことね。あははははは。
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