表紙の予感

司弐紘

迷えることの贅沢を

 本は光に弱い。だから私の本屋はいつも薄暗い。そして長細く狭い。その狭さの中央にさらに背中合わせの本棚を押し込み、さらに本を並べる。

 並べてある本は普通なら返品になるような、あらゆる意味でマイナーな本ばかりだ。当然利益は出ない。

 それでいい。真面目に勤め上げたので貯金と年金を合わせれば、生活に何も不自由は無い。ただ「本屋の主になりたい」という私の老後の楽しみを満たせればいいのだ。

 店の一番奥に収まりレジと積み上げられた私自身が読むための本に囲まれて日がな一日を過ごす。しかし希にでもこんな店に客は訪れるものらしい。

 他の店では注文しても取り寄せできないような本が私の本屋には揃っている場合がある。それが客のニーズに応えてしまった場合、長時間の立ち読みになるというわけだ。この店との出会いが一期一会だと思ってしまうのだろう。

 今も昨今の大学生とも思えない黒縁眼鏡で三つ編みの女性が、熱心に月思社の金岡李下著『壮麗季』の三巻を、私から見て左手の通路で読み耽っていた。面白いのだろう。だが『壮麗季』はそこで打ち切りになるのだ。

 そして右側の通路では営業の合間に訪れたのだろう。まだ学生気分が抜けない、着こなせてはいないスーツ姿の青年がやはり『壮麗季』を読んでいる。ただし四巻。出版社は待庵書房。月思社で打ち切りになった『壮麗季』は待庵書房で改めて出版され、全五巻でしっかりと完結しているわけだ。いきなり四巻を手に取るあたり、この青年はなかなかやる。

 だが待庵書房の本はおしなべて高価だしハードカバーだ。買うまでの決心に至るかどうか。そしてそれは女子大生も同じ事。私から見れば向かい合わせで、巻数は違えど同じ『壮麗季』を読み耽る二人はレジまで本を持ってやってくるのであろうか?

 その時、同じ『壮麗季』だとお互いに気付けば? 

 今、私は初めて開く本を前にしたときのように昂ぶっている。

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