本屋での出会い

折原さゆみ

第1話

「あつや、一緒に帰ろうぜ」

「ごめん。今日はリア呪師ネネ先生の新刊が出るから無理だわ」


 オレは親友の誘いを断り、急いでいつも利用する本屋に向かった。


「あった!」


 高校二年生のオレは、家から電車通学で高校に通っている。学校の最寄り駅の近くには大型書店が入っている。オレはそこで「リア呪師ネネ先生」の新刊を手に取り感動していた。


 先生のシリーズ作品「告白してきた女子を振ったら、オレが悪者になって周りが幸せになりました」の最新刊である。家に帰ってゆっくり読もうと、本を手にレジに向かう。


「いらっしゃいませ。ブックカバーはご利用ですか?」

「お願いします」


 レジを対応してくれたのは、オレより少し年上の女性だった。長い髪を首の下の方で結び、黒縁のメガネをかけた冴えない女性だ。なぜか、新刊を手に取った手が止まっていた。エプロンにつけられた名札には「田中」と記されていた。


「……」

「あの、どうしたんですか?」


 オレの後ろには客が控えている。レジの女性は慌てて本のバーコードをスキャンして会計に移ったが、どこかぎこちない動きが気になった。


「やっぱり、先生の本は面白い!どんな人が書いているんだろう」


 帰宅して読んだ先生の新刊を読みながら、ふとした疑問が頭をよぎる。先生のプロフィールは年齢、生別も明らかにしていない。




「やべ。シャー芯が切れてるし、赤ペンのインクも残りわずかだ」


 次の日、オレは学校で自分の筆箱を見てげんなりする。授業に使う道具はしっかりと補充しなくてはならない。現実の高校生は、ライトノベルのようにただ青春して、ラブコメしているだけでは生きていけない。


 二日連続だが、オレはまた駅の本屋に立ち寄ることにした。


「あの」


 ただ必要な文具をそろえるために立ち寄ったはずだった。それなのに、オレの足は昨日のレジを対応してくれた店員の方に動いていた。


「どうしました?」


 店員は本の品出しをしていた。しかし、声を掛けられたので、いったん手を止めてオレの方に視線をむける。


「ええと」


「ああ、昨日のお客様ですね。昨日は新刊ご購入ありがとうございます」

「ドウイタシマシテ」


 それはこちらのほうです。


 ぼそりと店員が何かつぶやいていたが、何を言っているのか聞こえない。


「あの」

「とりあえず、今日は午前で終わりにしてもらっているので、外で話しましょうか」




「実は、君が好きな【リア呪師ネネ】が私だったらどうする?」


 なぜかオレは、書店員の女性と近くのカフェで一緒にお茶をしていた。そしてまさかの告白を受けていた。


「冗談、ではないですよね」


 わざわざ嘘を言うために一緒にお茶をするような人はいない。改めて女性を見ると、最初の印象とだいぶ変わって見える。野暮ったい恰好が急に輝いて見えた。書店のエプロンを外した灰色のパーカーにジーパン姿。目がおかしくなったのかもしれない。


「好きです。付き合ってください」

「いきなりすぎでしょ」


 アハハと笑う彼女に胸がどきどきした。これは一目ぼれというやつだろうか。いや、昨日既に会っているので一目で惚れたわけではない。


「ファンなんです。だから、その」

「面白いね、君」


 小説のネタになってくれるなら。


 そういって、【リア呪師ネネ】はオレに近付いて。




「受けるよねえ」

「ま、まあ若気の至りと言いますか」


 あの時は本当にどうかしていた。会って二日の書店員の女性に自分の好きな作家だと言われて、迷わず告白していた。


「まあ、私も年下だとわかって手を出したのは悪かったねえ」


 アハハと昔と同じように笑う彼女は、オレの腕の中に収まっている。


 オレは今、彼女の一番のファンとして、恋人としてその隣にいる。人生、何が起こるかわからない。

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本屋での出会い 折原さゆみ @orihara192

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