人間向け魔導書の真実
棚霧書生
人間向け魔導書の真実
“大好評! 人間でも扱える魔導書を大量入荷! これであなたも今日から魔法使いの仲間入り!”
メグルはそんな売り文句が書かれたチラシに目を通しながら、お湯が沸くのを待っていた。
「おはよう、メグル……」
白銀の綺麗な髪に寝癖をつけたまま寝起きのぽやぽやした声でメグルに声をかけたのはメグルの師匠、シャロンだった。高い背に端正な顔立ちを持つ彼は絵本に出てくる王子様のようだが、その顔は今、眠気に溶けている。
「おはようございます、シャロン先生。今朝は紅茶にしますか、コーヒーにしますか?」
「ううん……」
メグルの声はシャロンに聞こえているはずだが、まだ頭が起ききっていないのか、シャロンははっきりとした返事をしない。
メグルは慣れたようにシャロンを椅子に座らせ、テーブルに朝食のエッグベネディクトとサラダとスープを手際よく並べていく。メグルがシャロンの様子を窺うとまだ意識の八割ほどは眠っていそうであった。さらによく見るとシャロンの顔にはよだれの跡がついていた。
「濡れタオルで顔を拭きますか?」
「メグルがやってくれるなら……」
メグルはバケツ桶にお湯と水を入れて適温になったのを確認するとタオルを浸し、絞った。
「僕、たまに思うんですけどシャロン先生って僕が来る前はどうやって暮らしてたんです?」
シャロンの顔を拭いてやりながらメグルが尋ねる。
「どうやってって……適当にだよ、俺は魔法でだいたいのことはできるしね」
「先生が大魔法使いなのは知ってます。ただなんというか、先生がひとりで暮らしてたところを想像するのは難しいなと」
「まあ……魔法使いじゃなかったら、まずかったかもなぁ……」
シャロンはメグルの手ごと濡れタオルを掴むとゴシゴシと顔を擦りつけた。
「魔法を使えない、ただの人間の先生……」
女性のもとに転がりこんで面倒をみてもらっていそうだなとメグルは思ったが、さすがに師匠に対して失礼なので黙っておく。
「そういえば、最近は魔力のない人間も魔法を使える魔導書というものがあるそうですよ」
メグルは話を変えようとさっきまで見ていたチラシの内容を何気なく口にした。特に深い意図があったわけではなかったが、それを聞いたシャロンは眠そうな目を一瞬にして開眼し、焦ったような調子でメグルに向き合った。
「メグルはその魔導書に興味があるの?」
「えっ、えっと……」
「まさかもう使った!?」
「使ってません。今朝このチラシがポストに入っていて……」
メグルがチラシを差し出すとシャロンはひったくるようにしてそれを奪い取り、炎魔法であっという間に消し炭にしてしまった。
「シャロン先生……?」
「メグル、魔力がない人間でも使えると謳った魔導書は手に取らないで。俺からのお願い」
「それはいいですけど、あの、どうしてそこまで拒絶するんですか?」
「いや……、拒絶じゃないよ。俺は人間が使える魔導書があったほうが便利だと思ってる。だけど、お前が使うのは……似合わないから」
シャロンは言葉を慎重に選んでいるようだった。段々と辛そうな顔になっていくシャロンを安心させるため、メグルは彼に寄り添う言葉を考える。
「僕は先生には遠く及びませんけど、これでも魔法使いですよ。魔力だってあります。わざわざ魔力がない人間向けの魔導書を手に取ることはありません」
「……ありがとう、メグル」
シャロンは冷めてしまった朝食を指パッチン一つで温め直した。その音を合図に緊張していた空気もいつもと変わらない朝のものに戻っていった。
二週間に一度、街の商店まで買い出しに行くその日、メグルは例の魔導書店の近くでうろうろしていた。
シャロンは出不精のため買い出しはいつもメグルの仕事だった。つまり、メグルが魔導書店に入るのを止めるものは誰もいない。
彼は自分の良心と好奇心をぶつけ合わせていた。シャロンを悲しまることはしたくないが、魔力がなくても使える魔導書にまったく興味がないわけではない。そもそも彼は魔法使いなのだ、魔法に関することに対しては人一倍関心がある。それに彼が仕えている魔法の師匠、シャロンがあれほど強い反応を見せたものを気にしないほうが無理というもの。
見るだけなら手に取ったことにはならない、という呪文を心にかけながらメグルは魔導書店に近づく。
店は客入りが良く、会計の列ができている。どうやら繁盛しているようだった。メグルが外から様子を見ていたところに店から女の子が二人勢いよく飛び出してきた。
「うわっ!?」
「きゃっ……」
メグルは一人の子とぶつかった。その子はまだ小さくメグルとぶつかった反動で尻餅をついていた。
「あぁ、ごめんね、大丈夫?」
メグルは女の子に手を差し出したが、彼女はふいと顔を背けるとひとりでパッと立ち上がり、もう一人の女の子の後ろに隠れてしまう。
「妹がすみません!」
転んだ子の代わりに、彼女の姉と思わしき少女が謝罪をする。十四、五くらいの髪の長い子だった。身につけている衣服は庶民のものよりは華美で、貴族のものよりは質素な感じがした。おそらく、豪商の娘といったところだろう。
「僕は大丈夫ですよ、妹さんに怪我がないといいんですが」
「だいじょぶ……」
姉の背からおずおずと顔を出した妹がそう言い、また隠れる。可愛らしい人形のように整った顔はメグルが昔、魔法生物の教科書で見た妖精の女王様に似ていた。
「こらっ、ちゃんと顔を見せてお詫びしなさい」
「ああ、いいんですよ。それより今、あの店から出てきましたよね。なにか魔導書を買いましたか? 僕も少しだけ興味があるんですけど、ほら……魔力がなくても魔法が使えるってちょっと怪しいなぁと思って、入るのをためらっていたんです」
メグルはこれ幸いと魔導書店の情報を手に入れようと考えた。
「全然、怪しくないですよ! 魔導書の力は本物です。私の家にはすでに二冊のご本がありますけれど、いつもちゃんと使えますし、とても便利なので今日も一冊購入した次第ですの。店の中で購入前の魔導書を試すこともできますから、入ってみてはいかがですか? 押し売りされることもありませんでしたよ」
「子どもでも使えるんですか?」
メグルが尋ねると少女は得意げな顔になって、今から実演してあげると申し出た。小脇に抱えていた分厚い魔導書の真ん中あたりを開いて、少女は透き通るような声で呪文らしきものを唱える。
「キャラメリゼ!」
魔導書が光を放ち、その中から小さな物体が現れる。
「……クッキーですか?」
開いた魔導書の上には、マルやハート、星の形をかたどった可愛らしいクッキーがある。
「この魔導書はお菓子が出せるの。一日に二回までしか使えないらしいけれど、毎日使えば十分に元は取れるわ!」
メグルは少女にお礼を言って、別れた。彼女は別れ際、メグルにクッキーを渡そうとしたがメグルはそれを断った。魔導書から生成されたクッキーを口にするのは、“見る”以上の行為になってしまうとメグルは思ったのだ。
見るだけなら手に取ったことにはならない。メグルはもう一度、強く心の中で唱えた。
メグルは少女に魔導書を使うところを見せてもらってから、胸がざわざわとしていた。だが、その理由が自分でもはっきりとわからない。
あの魔導書の力は魔法使いのメグルから見ても、間違いなく魔法の類だった。あの娘が呪文を唱えたときにたしかにマナが動いていた。マナと呼ぼれる不思議のエネルギーを使って魔法は作用する。マナを従わせる力が魔力であり、魔力があるかないかは生まれつきである。そして、メグルは少女からは一切の魔力を感じなかった。
魔法使いしかできなかったことをあの魔導書が人間にもできるようにしてしまったから、魔法が自分たちの特別ではなくなってしまったから悔しいような気がするのか。いや、自分はそんなふうには思っていない気がする。考えはまとまらず、メグルはモヤモヤしっぱなしだった。
メグルは少し休憩をしようとカフェに入った。まだ買い出しをなにもしていないのに休憩とはこれにいかに、という気もするが、コーヒーの一杯でも飲んで落ち着きたかった。
「あら、メグルさん。今日はおひとりですか?」
メグルが店に入るとカウンターの奥でカップを磨いていたマスターに声をかけられた。ここのマスターはシャロンとも旧知の仲だ。
「こんにちは、サクマ様。シャロン先生はなかなか家から出たがりませんから」
「様はやめてくださいよ。お偉ぶってるようで居心地が悪いです」
「すみません。サクマさんがシャロン先生に並ぶ魔法使いだと知っているとつい……」
「今はただのカフェ兼バーのマスターですよ」
メグルが席につくと小皿に乗ったクッキーが出される。サクマからのサービスのようだ。メグルはブレンドを頼み、テーブルのクッキーを見つめた。
「甘いものはお嫌いでしたか?」
ブレンドができても減っていないクッキーを見て、サクマが申し訳なさそうに大きな丸眼鏡の奥にある眉を寄せる。メグルは慌てて、そんなことないです! と応えた。
「実はちょっと考え事をしていて……」
「ついにシャロンのことがイヤになりましたか」
「そんなことは絶対にありませんよ!」
サクマが冗談めかして言ったことにも気づかず、メグルはかぶせ気味にその言葉を否定した。
「おや……」
メグルの勢いに驚き、サクマは目を丸くしている。そして、丸かった目を徐々に細めていき、最後にはふふふと笑った。メグルは決まりが悪そうに、いや……とかあの……と言葉を濁している。
「うふふ……、話の腰を折ってしまって申し訳ありません。それで本当のところは何にお悩みだったんですか?」
「サクマさんは知っていますか、今流行りの魔導書のことを」
魔導書と聞いた瞬間に柔和な雰囲気だったサクマの表情がピシリと固まる。
「はあ、知ってはいますけど……とても趣味が悪いですよね、あれ」
サクマは魔導書に嫌悪を抱いているようで、言葉の端々には険が感じられる。このまま話題を続けてもいいものかメグルは戸惑った。しかし、メグルが黙っているとサクマは続きを求められているのだろうと思ったのか静かに語り始める。
「きっとシャロンは合理的でいいじゃないなんて無神経なことを言うでしょうけど、私はあれがこの世に存在しているのだってイヤですよ。まあ、だからといって自分から何か行動をするわけでもないですけどね。いい加減私も静かに暮らしたいので……。メグルさんがあれに対してどう思っているかは聞きませんが、もしもシャロンとの価値観の違いで摩擦が起こっているのなら、私のところに来てもいいですからね」
「えっと……あの魔導書ってそんなにまずいものなんですか?」
例の魔導書に関しての知識がメグルにはあまりない。ついさっき使われるのを見ただけなのだ。ただパッと見た感覚として、嫌な感じのする魔導書だったというのはわかる。だが、サクマがあの魔導書を毛嫌いするだけの理由をメグルは見つけられない。
「実は僕、シャロン先生に例の魔導書は手に取るなと言いつけられていて、でも今日、街で……偶然その魔導書が使われるところを見たんです。それを見ていたら、なんだか変な感じがして……ここに逃げ込んできたんです」
「ああ……、そうだったんですね。では、メグルさんはあれについては詳しいことを知らない、ということでしょうか?」
「知らないですね。サクマさんは僕よりずっと知識が深そうですが……。教えてもらえたりは……」
「それは、シャロンのあなたに対する思いやりに反するかと思いますが……それでも聞きますか?」
メグルは言葉に詰まる。結局、サクマに魔導書の詳細を聞くことはメグルにはできなかった。
「私から聞かなくてもあなたは聡い人ですからそのうちイヤでも気づいてしまいますよ。あれの秘密に」
「シャロン先生みたいにひきこもったほうがいいですかね?」
「そんなところは真似なさらないでください」
メグルはコーヒーの勘定を済ませると買い出しのために街に戻った。
メグルは紙袋を片手に抱えながら買い物リストを見て、買い忘れがないか確認する。朝から出かけたのに色々と寄り道をしたせいで日が傾き始めていた。夕飯の時間が遅くなってしまうかもしれないから、出来合いのものを買っていこうかとメグルは思案する。人通りの多い広場の方には食品系の露店がたくさん出ていたはずだ。
広場の中心には人だかりができていた。大道芸でもやっているのだろうとメグルは思った。人だかりの中心からギャーギャーと変な音が鳴っている。愉快な音ではないのに周囲の人々の表情は明るいものだった。一体、何を見ているのだろうとメグルは不思議に思い、広場の中央へ足を向ける。
人々の隙間から窺い見ると中心に立っているのはスーツ姿にネクタイを締めた紳士であることがわかった。さらに紳士の周りには脚の高いテーブルが円上に置かれ、その上には分厚い本が並べられていた。
一冊の本が薄く発光し、ギャーギャーと音を立てながらシャボン玉を吐き出している。例の魔導書の移動販売か宣伝のためのパフォーマンスだとメグルは気づき、その場を後にしようとした。が、その直前にスーツの男が声を張り上げた。
「さあさあ皆様お立ち会い! いま大人気の人間が使える魔導書でございます! 魔力がなくては魔法が使えないなんて過去の話! この魔導書さえあれば誰だって安心、安全、簡単に魔法を使うことができるのです! そう言われたって信じられない? ええ、大丈夫です、慎重なことはいいことですからね! 私たちもお客様には納得して商品をご購入いただきたい、そこで今日この場で無料で何回でも好きなだけ魔導書をお試しいただければと思います!」
スーツの男に促されて観客の中の何人かが魔導書の前に立つ。あらかじめ最初にやってみせる人間は選んでおいたのだろう。流れるようにショーは進んでいく。
「それではいきましょう、さん、に、いち!」
一斉に呪文が唱えられ、ある魔導書から花火が上がり、別のものからはオーケストラの音楽が流れ、また別のものからは酒が湧き出した。
あちこちから歓声が上がる。しかし、メグルの耳はまったく楽しげではない音を捉えていた。地獄の釜から漏れ出るような激しい怨嗟の声、絶叫。メグルは立っていられずその場に膝をついた。気づけば荷物も地面に落として、両手で必死に耳を塞いでいた。
メグルが音から逃げることもできずただうずくまっていると誰かに体をふわりと持ち上げられた。それは腕力ではなく魔法で持ち上げられたときの感覚だった。メグルは俵担ぎにされ広場から離れた場所に運ばれていく。あの地獄のような音が聞こえなくなったあたりでメグルは降ろされた。
「あんた、魔法使いだろ。災難だったな、今この街ではえげつないモンが流行っててさ。人間にはあれが聞こえないから、たまにとんでもねぇ声が公共の場で垂れ流されるんだよ」
メグルを助けてくれたのは細身で赤い髪をした若い男だった。顔は強面だが、声音が優しい。
「ありがとうございました……。あのお礼を」
「いい、いい。早く帰って体を休めな。精神的にもきつかったろ」
男の言う通りメグルは大きなダメージを受けていた。今だって頭がくらくらしている。
「いや、でも……」
それでもメグルが食い下がると赤毛の男は苦笑いして、懐に手を入れた。
「わぁかった。これ俺の店の名刺、この袋に入れとくから気が向いたら食べに来てくれ。あの魔導書が流行り始めてから魔法使いの奴らが街にあんまし来なくなっちまったからよ。売り上げ落ちてんだわ……。まったく非道なモンを作るやつがいるせいで迷惑するよなぁ、だいたい金に困ることなんてないだろうに、女王様も何考えてんだか……」
赤毛の男は話の後半を力のないぼそぼそ声で喋る。メグルに伝えようとしているわけではなく、考えていることがつい口をついたようだった。
「あんたも気をつけて帰れよ。じゃあな」
「……あっ、はい、本当にありがとうございました」
メグルの頭は未だぼんやりとしており、反応が遅くなって男の後ろ姿に礼の言葉を投げることになった。
メグルはくたびれていた。シャロンの待つ家に帰らなくてはいけないのに足が重い。このままでは帰路の途中で動けなくなることを危惧したメグルは再びサクマの店を訪れた。
「いらっしゃいませ。えっ……メグルさん?」
メグルの二度目の来訪にサクマが驚く。
「すみません、サクマさん、水晶貸してもらえませんか。シャロン先生に遅くなると連絡したくて」
「それは構いませんが。メグルさん、すごく顔色が悪いですよ。すぐに休まれたほうが……、今日はうちに泊まっていってはどうです?」
サクマの店は夜はバーになる。客も入り始めていたが、サクマはメグルが体調が悪そうなことを察すると世話を焼くためにカウンターから出て彼のそばに寄った。
「シャロンへの連絡は私がしておきます。この店の上に私の部屋がありますので、そこで寝てください。メグルさんが気になさらないならベッドをお使いになっても構いません。これが部屋の鍵です」
メグルはサクマに鍵を握らされて初めて自分が全然返事をしていないことに気がつく。サクマの厚意に甘えるにしてもお礼を述べなくてはいけないのにそれすらも億劫なくらい疲れている自分がいた。自覚してしまうとメグルの中の倦怠感はますます増していく。
「すみません……」
ようやくそれだけ言って、メグルはサクマの部屋に上がり、泥のように眠った。
メグルは暗闇の中、目を覚ました。見覚えのない場所で目覚めたことに一瞬動揺したが、すぐにサクマの部屋を借りたことを思い出し、安堵する。メグルは長く眠っていたような気がしたが時計を見ると日付を跨いで少し経ったくらいの時間だった。バーはまだ営業時間なのだろう、サクマの姿は部屋にはない。メグルは両手で顔を覆うと深い深いため息をついた。
メグルが部屋で休ませてもらう前、サクマの店にいるときに情報交換のため設置されている掲示板が目に入った。あんなに具合が悪かったのにメグルの目はそこに書かれていた情報を拾ってしまっていた。メグルの脳は無意識のうちに魔導書の謎について推理し、答えを意識していたのかもしれない。
「妖精かぁ……」
あの魔力がなくても使える魔導書は魔法生物の妖精を材料にして作られている。そう考えればすべての辻褄が合う。
「いやぁ、連絡をもらったときはびっくりしたよ。ありがとね、サクマ」
サクマの店のカウンターでシャロンは酒を飲んでいた。サクマからメグルが体調不良で動けないという連絡を受けてシャロン自ら大切な弟子を迎えに来た、という体になっている。だが、シャロンが空かしたグラスの数を見ているとバーで酒が飲みたかっただけではないかと思えてくる。
「弟子が倒れて、シャロンも自身の行いを少しは反省しましたか?」
「なんで俺が反省しなきゃいけないのさ? なんにも悪いことはしてないよ」
「巡り巡ってあなたの責任な気がしますけどね」
「爆弾テロが起こったとき、爆弾を最初に発明した人に責任があると考えるタイプだ」
「あなたって、イヤなものの言い方をしますよね」
「だから、サクマから嫌われちゃうんだろうねー」
シャロンが唇の片端を上げて笑う。悪役じみた笑い方だった。
「でも、メグルさんがあれを触らないようにあなたが前もって釘を差していたところは見直しましたよ」
「ねえ、サクマ。……メグルはもう魔導書の仕組みに気づいちゃったかな?」
「掲示板の、妖精の行方不明者多数の記事を凝視してましたからね。午前中はまだ気づいてないようでしたけど、あの様子だと街で妖精たちの悲鳴を聞いたんじゃないでしょうか」
「そっかぁ……メグル優しいからなぁ、心を痛めただろうなぁ……」
シャロンは頬杖をついて、遠くを見るような目をする。
「どうしてあんなものを?」
サクマの質問にシャロンはうーんと唸るだけだった。沈黙が続きそこで会話が途切れたかと思われたが、ため息のあとシャロンはおもむろに口を開いた。
「妖精女王に妖精専用の檻を作ってくれって頼まれてさぁ。人間にも魔法使いにも悪いやつがいるように妖精にも捕まえておかないと社会の秩序を乱すやつがいる。まあ、牢屋みたいなもんだよ。使用用途は犯罪者を隔離するためって聞いてた」
シャロンは戯れにツンツンと指先でグラスを押した。しかし、強く押しすぎた拍子にグラスは倒れてしまい、酒がこぼれ出る。シャロンは慌てることもなく無造作に広がっていく液体を黙って見つめている。
「まさか、妖精の声が聞こえない人間相手に妖精を閉じこめた魔導書を売る商売を始めるやつがいるとは俺も思わなかったよ。最初にあのビジネスを思いついたやつは、すっごい商魂たくましいよね、合理の悪魔って感じ、どこでもやっていけそう」
サクマは相槌も打たずにシャロンの話を聞いていた。シャロンの話が終わるとそっとおしぼりを差し出し、お酒こぼしたなら拭いてください、とだけ言った。
人間向け魔導書の真実 棚霧書生 @katagiri_8
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