探偵 角田剛夢の事件簿 ①

かがわ けん

 

 その連絡を受けたのは、三月一日だった。

 三月と言っても春の気配など皆無で、暖房が無い事務所は手が悴むほど寒い。けたたましく鳴るスマホを手に取るのすら億劫だ。


「はい、角田剛夢かくたつよむ探偵事務所です」

「おう、カクちゃん。久しぶりだな」


 濁声だみごえの主は、捜査一課の刑事飯塚だ。俗にいう叩き上げで時々情報屋の仕事を廻してくる。こいつとの付き合いは長く、腐れ縁みたいなものだった。


「久しぶりですね。俺のところに連絡ってことは厄介な事件ですか?」

「ああ、ちょっとな。厄介ってレベルを越えているよ」


 飯塚は事件の概要を話す。

 都内各所で連続不審死事件が発生していた。いずれも外傷はなく司法解剖の結果は死因不明である。本来なら事件性無しとなるのだが、奇妙な共通点があった。


 本である。いずれの遺体も死亡の際、本を手にしていたのだ。

 それも只の本ではない。表紙から中に至るまで全てが白紙の本。形態こそ雑誌や単行本などの違いはあったが完全な白紙本だった。


「それでカクちゃんに、その奇妙な本を売ってる奴を探って欲しいんだ」

「分かった。電気代がピンチなぐらい金欠だからな。仕事を選ぶ余裕はねえよ」


 俺は仕事を引き受け、街へと繰り出した。





 その本屋は古い雑居ビルの四階にあった。

 魔法陣の様な模様がドアに描かれ、その下に『立ち読み厳禁、店内では絶対本を開かない事』と書いてある。

 幾ら何でも開くなとは厳し過ぎるぞ、などと考えながらドアを開いた。


 入って直ぐにカウンターがあり、男が座っている。挨拶どころか視線を上げすらしないその男は、長い髪で表情が見えず幽霊のように生気がない。

 気味の悪い男を無視して店の奥へと進んだ。


 店に置いてあるのは、ほぼオカルト関連の本だった。見覚えのある雑誌から、分厚いハードカバーの魔法書まで様々だ。


 そして遂に発見した。カウンターの並びの最奥に白紙の本が並んでいる。現物を確認した訳ではないが、被害者が手にしていた本で間違いないだろう。

 俺は平積みしてある雑誌を手に取った。


「本は開かないで下さい」


 気味の悪い男がこちらに顔を向けている。髪の毛の間から見えるその眼は、充血しているのか赤く映る。できれば中も確認したかったが、諦めて店を後にした。





 翌日、飯塚と見知らぬ若い刑事と共に本屋へ訪れた。

 店の案内だけをして帰るつもりだったが、好奇心に駆られ一緒に本屋に入る。飯塚は手帳を見せて店の男と話している。若い刑事は飯塚と離れ最奥の本棚に向かった。


「本は開かないで下さい」


 男の抑揚のない声が静かな店内に響く。だが若い刑事はお構いなしとばかりに、白紙のハードカバー本を開いた。


「ぎゃああああ」


 若い刑事が悲鳴を上げる。そして両手で頭を押さえながら床を転げ回った。

 俺と飯塚は呆気に取られて立ち尽くす。すると床が液体のようにブクブクと泡立ち、底なし沼の如く若い刑事を飲み込み始めた。


 慌てて駆け寄る飯塚。必死に腕を掴んで引き揚げようとするが、若い刑事はどんどん沈んで行く。そして飯塚の抵抗も虚しく完全に飲み込まれてしまった。


 飯塚は鬼の形相で店の男へ詰め寄る。そして胸倉に手を掛けた刹那、カウンターに一冊の白紙本が現れた。


「万引きや立ち読みをする奴らなんて消えてしまえばいいんだ」


 髪の毛の間から見えた男の瞳は、紅玉のように怪しく輝いていた。

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探偵 角田剛夢の事件簿 ① かがわ けん @kagawaken0804

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