恋の結末を読み進めて

雨宮 苺香

- Episode -



「お久しぶりです」



 そうにこっと笑うエプロン姿の男性に、私の心臓は弾かれたように加速した。

 同時に会えた、来てよかったと心の中でガッツポーズをする。


 そんなどんちゃん騒ぎな心を装う私は「お久しぶりです。お願いします」とカウンターの上に本を置いた。

 彼は「お預かりします」と言ってレジを通す。



「この新刊、帯に惹かれて読んだんですが、面白かったですよ」


「そうなんですか。読むのが楽しみです」


「お姉さんがヒューマンドラマとかをよく購入してくださるので、最近はミステリーの合間に読むんですよね。あとは最近の夜はまだ肌寒いので読むと心が温まる気がして」



 私の心は今この時間が一番温まってるんだけどな……。

 もちろん立場をわきまえている私は「そうなんですね」と相槌を打つ。


 私の心はいつになく不満気だ。

 どうして私はただの客なんだろうと不貞腐れている。


 でも彼は店員さんじゃなかったら私と話もしてくれないのだけど。

 そんな事実に勝手に寂しさを覚えて、このものがたりの行き先に希望を持てずにいる私は、ハッピーエンドの物語を避けていた。


 今現在お会計中の本、それこそ帯に書かれた言葉は『この運命は泣くしかない』というもの。

 他の本にも『涙』や『別れ』の文字が書かれている。


 全部読んだら少しはこの感情が溶かされるんじゃないかって密かに期待しているのだ。

 読み終わって新しい本を買いに本屋に来たとき、そして彼に会ったとき、浮かび上がってくる感情に囚われずに済むんじゃないかって。

 浮かんできても泡沫のように消えてくれるんじゃないかって……。



 そんな淡い望みに寂しさが混じったのは彼の「お会計こちらです」の言葉だった。

 そしてお支払いを完了させた私は紙袋に入れられた本たちを持ち上げる。


 カウンターまで持ってきたときよりもずいぶんと重い。


 表すならまるで憂いに染まった私の心のようだ。

 不毛な恋だってわかっているからこそのシリアスさを感じる。


 どうして、なんで不毛な恋だと分かっているのに彼に会いに来てしまうのかな?

 どうしてあなたは、私の毎日ものがたりこいごころをつけて着飾ったの……?


 きっとそれが分かるまでこのものがたりを読み進めてしまうんだろうな。

 だから私は「また来ます」と最後に添えてページをめくって書店を後にした。




 -END-

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恋の結末を読み進めて 雨宮 苺香 @ichika__ama

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