合法ドラッグ

てこ/ひかり

合法ドラッグ

「ねえママ、アレはなに?」


 買い物の帰り道だった。母に手を引かれた子が、路地裏を指差した。


 暗がりの片隅では、貧相な身なりをした痩せ男が、バックパックを背負った男に縋り付いている。痩せ男は目を血走らせ、今にも泣き出しそうな声を上げた。


「なぁ〜頼むよぉぉぉ。続きを読ませてくれよぉぉお」

「『ファンタジー』一冊5000円。『ミステリー』なら18000円だね」

 バックパック男は壁に背を預けたまま、痩せ男を見下ろしニヤニヤと嗤った。

「高ぇよ! 最近の本、ぼったくり過ぎだろ!」

「そんなこと言われても、お客さん」


 どうやら彼は非合法な『本屋』のようだ。『読書禁止法』が制定され、この国から本屋が消えて久しい。


「気になるぅぅぅ……続きが気になるぅぅぅ!」

 痩せ男が頭を掻き毟った。明らかに禁断症状コールドターキーが出ている。

「主人公はどうなったんだよぉ、犯人は誰なんだよぉ! いっつも良いところで終わりやがってぇぇ。畜生、早く続きを読ませろぉぉ!!」

「だったら払うもん払ってもらわないと。それか、新しい顧客を連れてくることだね」

「見ちゃダメ。『活字中毒者』よ」


 母親は血相を変え、さっと子供の目を塞いだ。


「可哀想に、勉強ばっかりしてると馬鹿になるの。良い子だから、マァちゃんはああなっちゃダメよ」

「ママ、僕も本っていうの、読んでみたい」

「ダメ!」

 母親が叫んだ。

「お願いだから変なこと言わないで。ゲームをしなさい、動画を見なさい。みんなと同じことをしなさい。もっとの世の中に触れて、見聞を広めなきゃ。ね、お酒とタバコ買ってあげるから。マァちゃんの好きな、メンソールの12mgよ」

「わぁい、やったぁ!」


 子供の注意が逸れたようで、母親はホッと胸を撫で下ろした。去り行く母子の背後で、『読書、ダメ、ゼッタイ』のポスターの下、痩せ男が本屋に縋り付く。


「頼むよぉぉ。続きを……続きを読ませてくれぇぇぇ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

合法ドラッグ てこ/ひかり @light317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ