彼女は本屋の精

暁 久高

彼女は本屋の精

 私は昔、本屋がとても嫌いだった。辺り一面には本しかないし、インクの匂いが鼻にこびりつく。まぁ、本屋だから当たり前だろうと言われたら何も返せないが……

 ともかく私は、本自体があまり好きではなかった。しかし最近、本を読むようになった。細かい文字を追うことは苦手だが、それでもなんとか時間をかけて読み進めている。

 きっかけは、単純だった。恋だ。

 好きな人と同じ本を読んでみたい、と思ったのがきっかけでネット通販で買った本。しかし私は、その字の細さに挫折しかけ、机の上に放ったらかしにしていた時の事だった。

「あ、その本。君も読んでいるのか。私も最近買ってね。良ければ今度話をしないか。」

 そう声をかけてくれた人物こそ、私が本を読み始めた理由の人。彼女は人付き合いをしている所を見たことがない。誰とも関わらず、教室の隅の方で本を読んでいる。笑顔なんて当然、見たこともなかった。

 だが、私に本を語っている時の彼女は凄く楽しそうに見えた。とても、幼く見えた。こんな顔をするのか、とも思えた。

 それから私たちは、本について語り合う仲になった。私の読むスピードに合わせ、彼女は話す内容を逐一変えてくれた。飽き性だった私も、珍しく本を読む行為に「面倒」という感情は抱かなかった。

 本というのは読んでみると案外面白いもので、登場人物が思い思いに動く様は、とても読み応えがあった。どうやら本にもジャンルがあるらしく、私が最初にとったのはライトノベルと呼ばれるものだった。たった1人の男の子と女の子が恋をして、結ばれる。そんな在り来りなストーリーも彼女と読むと特別に思えた。

 乱読派の彼女は、更に他の本も勧めてきた。ショートショート、短編集、有名小説からこの前でた新しい文庫。多種多様な本を私に持ってきてくれた。

 ある程度読みなれた頃、私は彼女にこう言った。

「本屋に連れて行ってください。」

 小さい頃からあの空間が大っ嫌いだった私にとって、その一言はとても大きなものだった。

 彼女は二つ返事でOKしてくれた。久方ぶりの本屋。私は一瞬提案したことを後悔したが、心機一転挑戦してみることにした。

 彼女が語る本屋の魅力は、まさに私が嫌いと言ったそれだった。匂い、空間、景色。全てが本のために存在し、またそれが神秘的にも感じられると言う。

 彼女と行った初めての本屋は、今まで自分が嫌っていたものと全く違うように見えた。読んだことのある本、見たことのある著者名。気になっていた続編。全てがそこにはあった。私は時を忘れ、また彼女の存在すらも忘れその空間に没頭した。


 彼女と行く本屋が放課後の恒例となってきた月の下旬。彼女は突然、意味のわからないことを言い出した。

「私が居なくなっても、本屋に通ってくれる?」

 私はその言葉の真意を、その時にはまだ分からなかった。この人が居なくなるわけないとも思っていたし、無論、好きな人が居なくなってしまうことも想像したくはない。その場は茶を濁すような形で返事をしたことだけは覚えている。――しかしすぐに、私はその言葉の意味を知ることとなった。

 翌月。春の温かさはまだ遠くに感じられる朝。彼女は消えた。その存在自体が抹消されてしまったかのように。学校へ行くと、彼女の机もなければロッカーすらなかった。それだけならまだ転校かとも思えたが、いちばん奇妙だったのはクラスメイトの誰もが彼女の存在を忘れていた。いや、初めから知らないようだった。たしかにクラスとの交流があったわけではない。しかしさらに、名簿にすら名前が無い。担任も覚えていない。まるで最初から、この世界に存在しなかったかのように。私の思い出を残して、彼女は消えた。

 それでも私は、本屋に通うことは止めなかった。彼女が見ていた視界一面がほんで埋められた景色。彼女から漂ってくる本のインクの匂い。きっと彼女がまた姿を現してくれるだろうと信じさせてくれる空間。

本屋かのじょを求め、私はまた今日も学校を出るのだった。

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彼女は本屋の精 暁 久高 @Yue_Yaminoyo

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