第2話 桜が見たい

2023年3月2日、今日はコートがいらないくらいに、朝から1日中春めいた陽気。


交差点で信号待ちをしてる時に、あまりにも空が青かったから、信号が変わるのを何度も見送って、顔を上げたまましばらく立ち尽くす事しか出来なくて。


何て言ったら良いのかな。

このまま膝から崩れて落ちて地面に突っ伏して、狂ったように泣いてしまいたくなるような、そんな空だった。


こんな陽気の日は嫌でも思い出すよ。


10年前の、こんな陽気の日の君の事。


『夜の森公園の桜は今年はいつ咲くのかな?また3人でドライブしながら見たいね。』病室のベッドで、涙を流して話す君に、『もう3人では行けない』と言う言葉をグッと飲み込んで、必ずまた行けるようになる。必ず連れて行くからと言って、手を握るのがあの時は、精一杯だったっけ。


夜の森公園は原発事故後、帰省困難区域に指定されて、あの時はまだ立ち入り規制されてたからね。


本当はすぐにでも連れていってあげたかった。例えまだ花は咲いてなくとも、近くに行けたらそれだけで僕の気持ちが楽になれる気がしてさ。


だけど、物々しい立入禁止ゲートを前にどうにもならない現実に、何処に向けたら良いのか分からない怒りや無力感、そして哀しみ。


もう涙は流さないと誓ったはずなのに。僕はあの日からもうどれだけ泣いたのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月光路の先へ 蒼の森 @aoimori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ