最後の本屋

山野エル

最後の本屋

 今度はひとり乗りの浮動車でやって来るらしい。

 回を増すごとに規模が小さくなっているのは、おそらく当局の監視網から逃れるためだろう。だが、奴らは分かっていないのだ。我々の興味の向く先が紙自体ではなく、そこに書かれたものであるということを。そのために、うちの集落では数日前から監視用の微細機械を駆除するための脈震爆弾を散布しているということを。


 山間から続く草の根を踏み分けた道から浮動車が高速で近づいてくるのが見えた。男が旗を振って誘導し、朽ちかけた倉庫に浮動車ごと引き入れる。

 すでに倉庫の中には集落のほとんどの人間が集まっていて、浮動車の小さな荷台に載せられた書棚に注目を向けていた。

「当局が山の反対側に手を伸ばしている。あまり時間はないぞ」

 浮動車に乗って来た男が短く言うと、待機していた人々が一斉に書棚に飛びついた。それぞれが思い思いの本を手に取り、ひとりで、あるいは仲間たちとページをめくっては目を輝かせる。その賑やかな様子を横目に、浮動車を旗で誘導した男が浮動車の操縦者に声をかけた。

「もう長くないのか?」

「これだけのものを持って来るのはもう難しい」

「中央都市で何が起こっている?」

「紙の検知が厳格化された。本格的に紙を閉塞させる気だ」

 文化閉塞──中央都市の自律演算群は人類の文化を管理・運用する上で、効率的な発達を促すために文化の系統を間引き始めた。紙もその標的に据えられたというわけだ。

「なぜ機械に不要だと決めつけられなければならないのか……」

 操縦者の腕に巻きついた小さな機械が小さな電子音を発した。彼は素早く立ち上がる。

「奴らが動き出した! もう出る!」

 失望にも似た悲鳴が湧き上がる。だが、誰もが慣れた手つきで本を書棚に戻していく。

 操縦者が浮動車に乗り込むそばに、小さな少女が歩み出る。

「ほんやさん、また来てくれる?」

 本屋と呼ばれた男は、数秒の間、逡巡した。

 そして、白い歯を見せた。

「必ずまた来るよ」

 その答えに、少女の表情がパッと明るくなる。

「お元気でね、ほんやさん!」

 倉庫の扉を男たちが開くと、その僅かな隙間を風のように通り抜けて本屋の乗った浮動車が去って行った。

 旗を持っていた男は名残惜しそうに倉庫の外に出て、遠ざかっていく浮動車を見送った。


 なぜ危険をものともせず集落を飛び回っているのか、誰もその答えを知らない。

 だが、誰もが彼に希望を見出していた。

 あれこそが本屋だ。

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