夢と未来書店5

 折葉と水谷は喫茶店を出て、「夢と未来書店」の前に来ていた。

 看板には「夢と未来書店」と書かれていたが、事前の調べによると、渡口たちがこの書店を乗っ取ってから、看板を書き換えたそうだ。


 折葉は店に入り、自分の本が並んだ棚の前に立ち、本を手にした。


「いったいどういうことなんだ?お前とお前の実家が事件の発端というのは?」


 後ろについてきていた水谷が少し苛立ちながら、話の続きを求めた。


「あの都市伝説、まんまウチの実家の話なんですよ」


「え、まさか、そんな……」


「もちろん、本がどこからともなく現れることなんかないし、母親も生きてます」


 折葉は両親と実家の書店のことを語った。


 折葉の母親はアマチュアの小説家で、書店の店主だった父親は母親のデビュー作のために一番いい場所を空けていた。

 だが、折葉の母親の作品が世に認められることはなかった。

 そして、折葉が生まれてから子育てが忙しくなり、いよいよ限界を感じた折葉の母は筆を折った。

 折葉が物心つく頃には、母親が小説を書いていた痕跡はどこにも残っていなかった。

 ただ一つ、書店の空白の棚を除いて……

 当の母親が諦めたにも関わらず、父親は妻がいつか必ずデビューする日がくると疑わず、棚を空け続けた。

 空白の棚は父親と母親だけの秘密で、子供の折葉がなんど聞いても二人は秘密を教えなかった。

 だが、折葉が東京の大学に進学することになり、家を出る日にこっそり母親が折葉に教えてくれたのだそうだ。

 話を聞いた折葉は、つくづく自分の父親を馬鹿だと思った。

 だが、東京に向かう列車の中でその話に思いを巡らしているうちにあることを思いついた。

 もし、その空白の棚に突然本が現れるようになったら面白いんじゃないだろうか?

 たったそれだけのアイデアをきっかけに、折葉の中で一気にストーリが出来上がった。

 母親を癌で死んだことにしたのは少し罪悪感があったが、ストーリー上それが一番自然だったのだ。

 あまりに話がよくできたと思った折葉は、進学した大学の飲み会でこう話して回った。

「俺の地元におもしろい話があるんだ、『夢と未来書店』って言ってな……」

 そんなことを1年ほど続けたが、そのうち飽きた折葉はその話のことをすっかり忘れてしまった。

 そして、大学を卒業して国家公務員試験に受かった折葉は警視庁に入庁した。

 警察の組織の中は激しい上下関係などストレスだらけだった。

 そんなストレスから逃れるために、折葉はいつの間にか小説を書くようになっていた。

 そして、カクヨムに小説を投稿するようになり、徐々にアマチュアの作家仲間ができるようになった。

 そんなある日、ある仲間からある話を聞いた。

「折葉、『夢と未来書店』って都市伝説知ってるか?」

 なんと、折葉の作り話はいつの間にかアマチュア作家界隈の都市伝説になっていたのだ。

 折葉は驚いたが、悪い気はしなかった。

 だが、そのさらに数年後、今度はその都市伝説を利用した詐欺事件の話を耳にした。

 折葉は居ても立っても居られなくり、捜査第2課に転属願いをだした。

 そして、転属が受理され、捜査2課に入った折葉は自分のweb小説家としてのキャリアを明かし、囮役を買ってでたのだった。


「あとは課長も知っての通りです」


 折葉はそう言って話を締めくくった。


「なるほど、この詐欺事件の発端がお前というのはそういうことか……」


「すみません、ずっと黙ってて……」


「まあいいさ、おかげであのクズどもを捕まえられたんだから。それよりこれからお前はどうするんだ?元の部署にまた戻るか?」


「実は、あのニセ店主の言葉がずっと頭から離れないんですよ」



『目の前にチャンスがぶら下がってるのに挑戦しないようなヤツに成功なんか訪れない……そういうことなんじゃないのかい?』



「おいおい、まさか本当に自費出版するなんて言い出すんじゃないだろな……」


 水谷の問いに折葉は答えず、無言でスマホを取り出し、ある画面を水谷に見せた。


「カクヨムコンって言って、俺が小説あげてるサイトのコンテストです。昨日最終結果が発表されたんですよ」


 その画面は折葉が何度も眺めていた大賞作品の紹介画面だった。


 水谷はそこに表示されていた作品名を読み上げた。


「地方公務員異世界日報……って、お前、これ!?」


 水谷は慌てて、問題の棚に平積みになっていた本のタイトルと見比べた。


「大賞とっちゃいました」


 折葉はしれっとした顔でピースサインをした。


「事前に運営から知らせは来てたんですけど、商業デビューするかどうかずっと悩んでたんですよね。警察官は副業できませんから」


 折葉は懐から白い封筒を取り出し、水谷に差し出した。

 その封筒には大きく「辞表」と書いてあった。


「お前、本気か……」


「昨日、担当さんに電話しました。よろしくお願いしますって」



『あ、お世話になります。折葉です。ええ、はい。やっと決心がつきました。出版の件、よろしくお願いします』



「これから忙しくなります。聞いた話でしか知りませんが、商業デビューしたあとの方が大変らしいんすよ。それに本ができたら、母親の本のかわりに俺の本を実家の空白の棚に平積みしてもらわなきゃいけないんで」


 そう言って折葉はにかっと笑った。


 水谷はしぶしぶ辞表を受け取りため息をついた。


「本当になっちまったな……」


 水谷はそう言って、平積みになった折葉の本に目を落とした。


「ええ、伝説はこれで真実になりました」




 アマチュア小説家の中でまことしやかに語られる都市伝説がある。

 曰く、とある書店の空白の棚に、出版されているはずのない自分の本が並んだ作家は、その後必ず商業デビューする。


 夢と未来書店 完








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夢と未来書店 阿々 亜 @self-actualization

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