夢と未来書店4
翌朝、折葉と渡口は昨日と同じ喫茶店にいた。
この店の大通り側はガラス張りで、二人はガラス張りに面した席についた。
ガラス越しに道を挟んで「夢と未来書店」がよく見える。
店内は昨日に比べ若い男性客が多い。
渡口は席に着くや否やテーブルに契約書を広げた。
もちろん折葉を信じさせるためのニセの契約書だ。
折葉はその契約書に一通り目を通したあと、恐る恐る口を開いた。
「最低発行部数はやはり1万冊ですか?」
「ええ、わが社の方針ですので。でも、先生の作品なら絶対に1万冊完売するはずです。編集者としての私の勘がそう言っています!!」
渡口は全く悪びれることなく、堂々とそう言った。
折葉は数秒逡巡したあと、意を決した。
「わかりました。貯金でなんとか800万ありますのでお願いします」
折葉のその言葉に、渡口は心の中でほくそ笑んだ。
その笑みを外に漏らさぬように必死に真面目な顔を作りながら、振り込み先口座の書かれた用紙をテーブルに置いた。
が、その用紙がテーブルに置かれた瞬間、その場にガチャリと金属音が響いた。
それはまるで手品のような速さで、渡口は何が起こったのかしばらく理解できなかった。
何が起こっていたかというと、振込先口座の書かれた用紙を出した渡口の手に手錠がかかっていたのだ。
一方の折葉は悠然と携帯の画面を起動させ、現在時刻を確認して、こう言った。
「10:01、
折葉のその言葉が発せられるやいなや、店中の客が席を立ち、折葉と渡口の周りに集まってきた。
その中の一人、中年の男が一歩前に出て、口を開いた。
「渡口太一、本名 吉野直彦、詐欺罪で逮捕する」
「お前ら、いったい!?」
「警視庁刑事部捜査第2課」
その名を聞いて、渡口は一気に血の気が引いた。
捜査第2課といえば、詐欺を始めとする知能犯の捜査を担当する部署であり、言わば渡口たちの天敵である。
「私は課長の水谷。そっちは私の部下の寺脇だ」
水谷はそう言って折葉の方を示した。
「お前、刑事だったのか!?」
渡口は信じられないといった顔で折葉の方を見たが、折葉は何をいまさらといった顔でテーブルに頬杖をついている。
「俺は最初から、そう名乗ってたぜ」
「なんだと……」
「俺のペンネームは
渡口は折葉が何を言っているのかわからなかったが、そのペンネームを頭の中で繰り返しているうちにその意味を理解した。
折葉圭司……
おれはけいじ……
俺は刑事……
「元々は刑事の仕事とは全く関係なく、趣味で7年前からカクヨムに小説を投稿してた。そのときから遊び心でこのペンネームを使っていた。ところが、今回の捜査対象は俺たちみたいなアマチュアweb作家をターゲットにしてるときた。すでにカクヨムで何本も小説を書き溜めてた俺は恰好の囮だった。というわけさ」
真相を明かした折葉は、満足そうな笑みを浮かべた。
そしてさらに、目線で「夢と未来書店」の方を示した。
渡口が書店の方に目をやると、拘束されたニセ店主が他の刑事たちに連行されているところだった。
その様を見て、渡口は全てを諦め、うな垂れた。
「行くぞ」
渡口は周囲の刑事たちに店の外へと連行されていった。
他の刑事たちも三々五々店を出ていき、最後に課長の水谷と折葉だけが残った。
「寺脇、よくやった」
水谷は折葉にねぎらいの言葉をかけたが、折葉は席に座ったままぼうっとした顔で「夢と未来書店」の方をみていた。
「どうした、大手柄だぞ」
折葉は「夢と未来書店」から視線をはずすことなく口を開いた。
「課長、実は俺、捜査会議で話してないことがあるんすよ……」
「何?」
折葉は魂が抜けきったような声で言葉を続けた。
「この詐欺事件の大元の発端は、実は俺なんすよ……」
「なんだと!?」
「ことの始まりは俺の実家なんです。俺の実家は地方で本屋をやってるんですよ。そして、その店の名前は……」
折葉はひとしきり息を吸い込んでから、その名を口にした。
「『夢と未来書店』」
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