夢と未来書店3

 店主の話が終わったあと、折葉は店を出た。


 そろそろ職場に戻らなければならなかったが、先ほどの店主の言葉が胸に刺さり、折葉はふらふらとあてもなく街を歩いていた。


『目の前にチャンスがぶら下がってるのに挑戦しないようなヤツに成功なんか訪れない……そういうことなんじゃないのかい?』


 折葉はたまたま前を通りかかった公園に入り、ベンチに座った。

 そして、ベンチに体を預け、空を見上げた。


 これからどうしよう……


 そう自分に問いかけた矢先、折葉の携帯が振動した。

 折葉は携帯を取り出し、通知を確認した。

 内容はわかっていた。

 今日は昨年のカクヨムコンの最終選考の結果発表日だった。


 毎年カクヨムコンには参加していたが昨年初めて読者選考を通過した。

 そして、今日が最終選考の発表日だ。

 だが、結果はわかりきっていた。

 むしろ問題は、結果よりもこれからどうするかということだった。


 折葉がカクヨムコンの大賞作品の紹介画面を見ていたとき、画面が不意に変わった。

 電話回線の着信だった。

 相手は本業の上司だった。

 電話の内容はわかっている。

 本来ならば、もう職場に戻っているはずの時間だ。

 折葉は電話に出た。


「はい、寺脇です」


 折葉はできるだけ平静を装いそう言った。

 ちなみに“寺脇”とは折葉の本名であった。


『寺脇。遅いぞ。今どこにいるんだ?』


 電話口に中年の低い声が響いてくる。


「すみません、例のポイントの近くの公園です。ちょっとクライアントにメンタル削られてしまって……」


『なにをやわなことを。それでケイヤクはどうなりそうだ?』


「その点はご安心ください。クライアントは完全に俺を信じきってます。明日10時に例のポイントでケイヤクをとります」


『よし、ではこちらも人員を確保しておく。最後までぬかるなよ』


 そこで上司とのやりとりは終わり、通話は切れた。

 携帯の画面には再びカクヨムコンの大賞作品の紹介画面が表示された。

 折葉はその画面をしばらく眺めたあと、意を決してある人物に電話をかけた。


「あ、お世話になります。折葉です。ええ、はい。やっと決心がつきました。出版の件、よろしくお願いします」




 1時間後、夢と未来書店店内。

 店主はカウンターに座り退屈そうに新聞を読んでいた。

 そこへ一人の営業マン風の男が現れる。

 男は折葉の自費出版の担当編集の渡口であった。

 店内に他に客がいないことを確認し、店主は渡口に話しかけた。


「首尾はどうだ?」


「上々さ。今、カモから電話があった。明日もう一度会いたいとさ。たぶんもう落ちるよ」


「そうか。それはよかった」


「いつもながら、あんたの芝居が見事に効いたな」


「ふん、あんな与太話を信じるなんざ、売れない小説家ってのはどいつこいつも阿保ばっかりだ」


 二人は下卑た笑顔でそんな会話を続けた。


 二人は詐欺師だった。


 二人の手口はこうだ。

 つぶれかけの本屋をただ同然で乗っ取る。

 インターネット上に架空の自費出版のサイトを立ち上げる。

 そのサイトにひっかかったアマチュア作家からメールや電話で資産状況などの情報を引き出す。

 情報を引き出すのと同時並行してその作家の代表作を数十冊書籍にして、店に置く。

 そして、ターゲットをうまく店に誘き出し、ターゲットに自分の本が積まれているのを見せる。

 驚いて混乱しているターゲットに店主が話しかけ、『夢と未来書店』の都市伝説を語って聞かせ、自費出版に踏み切るように誘導する。

 1万冊800万円という契約で金を振り込ませたら仕事は完了。

 店もサイトも振り込み口座も全部引き払って、雲隠れする。


 この手口で二人はすでに10人のアマチュア作家から、8000万円を騙し取っていた。

 そして、今回のターゲットが折葉なのであった。



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