異世界人の万引き防止策

ちかえ

万引きなんてけしからん!

「本が一冊万引きされると、それを取り返すのに何十冊もの本を売らなきゃいけないらしいんだよ」

「……どこ情報? それ」

「前世」

「前世の職業は本屋さんだったのか?」

「いや、普通の会社員だったけど。でも情報は普通に入ってくるからさ」

「……そ、そっか」


 よく分からないというように俺の同僚で友人のラドミールが白身魚のチーズ焼きを食べながら苦笑する。


 その横では我関さずというように、彼のペットのユニコーンが俺たちと同じ夕食を頬張っている。

 他の人が飼っているユニコーンは厩暮らしなので、このユニコーンは相当友人にかわいがられているのだろう。毛並みもとてもつやつやしている。


「で、万引き防止の話だっけ?」


 ラドミールが話を戻した。今日はその話があって彼の家を訪ねた。他の事なら職場で話せるが、これはどちらかの家で誰にも聞かれず話したかった。そしたら夕食に誘ってくれたのだ。


「うん。なんか本屋さんから依頼があったらしくて。ほら、あの全国にチェー……じゃなくて、支店がいっぱいあるとこ」

「ああ、マナ研究所から一番近くてめちゃくちゃ大きい所か」


 僕もよく買いに行くよ、と言う。それはそうだろう。俺も常連だし、他の同僚もそうだ。あそこは大きいだけあってとても品揃えがいいのだ。魔法書もかなりそろっている。


「最近、万引き多いって聞くもんな。本屋も困ってるんだろうな。で、みんなにも案を出して欲しいって所長が?」

「そう」


 ちなみにラドミールがこの件について知らないのは、彼がデスクワークでなく、外仕事——害獣といういわゆる『魔獣』的なものを退治している——をしているからだ。


「で、ベドジフは何かいい案でもあるの?」

「あるよ」


 それは隠す必要はないので素直に答える。


「でも、どう伝えればいいのか分からなくて……」


 それだけでこの友人には一発で分かったようだ。納得がいったような表情をされる。


「前世の経験から得たアイディアだからって事か」


 その通りなのでうなずく。


 所長から話があった時に俺が思い浮かべたのはいわゆる『万引き防止タグ』――会計しないで店を出ると、センサーに引っかかって大きな音が鳴るやつ――だ。

 きっと最初の設置までは大変だろう。でも、一度設置してしまえばやりやすいと思ったのだ。タグを作るのも簡単なものにすればきっと単純作業で出来るだろう。

 この世界の人間には大体マナがあるのだから。


 それにこれが広まれば別の本屋でもやってくれるかもしれない。


 マナ研究所に依頼してきたのだ。彼らもそういう魔道具的なものの対策を求めているのだろう。魔法でやるのだから、元の世界よりも誤作動が少ないものが出来るはずだ。


 そういう事をラドミールに話す。彼も面白そうだと言ってくれた。ユニコーンまでもが興味深そうに聞いてくれている。嬉しい。


 製本段階で本に直接魔法を埋め込んでも面白いかもしれないとか、落書きや付録を抜き取るなど、本にいたずらをした時にも鳴ったらいいかもしれないなんて言っている。それは彼らが俺の話を真剣に聞いてくれているという事だ。


 ただ、問題はある。最近は異世界の知識を持つ人はあまり良く思われていないようなのだ。数ヶ月前に外国で魔法の発展をさせると言って犯罪的な事をしようとした男がいたのだ。


 それがニュースになってから、なんとなく『異世界って怖いね』という雰囲気になってしまったのである。


 ラドミールにはまだ事件が起きてなかったからこそ打ち明けられたのだ。


 前世で読んだ小説では、前世の記憶のある人は自分の知識を『本で読んだ』とか、『誰かに聞いた。誰なのかは忘れたけど』などと言うようだ。でも、そんな事をして後でバレたら信用を失ってしまう。嘘はつけない。


 それも素直にラドミールに話す。彼は静かに苦笑した。


「僕は素直に所長に言えばいいと思うけどね。あの人なら悪いようにはしないでしょ」


 あっさりと言ってのけるが、そんな簡単にいくだろうか。


「それにベドジフが異世界の知識を多少持っている事に気づいてる人は何人かいると思うよ」


 続けて出た言葉につい瞠目してしまう。


「なんで……ラド……」

「お前、あの事件の時、新聞見てものすっごく怒ってたじゃん。僕たちには犯人が何をやりたかったのかすらさっぱり理解できなかったのに、全部分かってますって雰囲気出してて」


 あれじゃあ普通にバレるよ、と言われる。そういえばそんな事があった。


 だったら本当に大丈夫なのだろうか。


 言うだけ言ってみようかな、とつぶやく。ラドミールは静かにうなずいてくれた。


***


 結局ラドミールの言うとおりで、所長に――まだ恥ずかしかったのでこっそり――話すと真剣に取り合ってくれた。


 一つの案として受け入れてくれるそうだ。


 また異世界の知識で役に立つことがあったら遠慮なく言って欲しいと言われる。おまけに『ベドジフは悪いことはしなさそうだから心配はしてない』と言われる。


 前世を含めた自分を認めてくれたようで、すごく胸が熱くなっていくのが分かった。

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異世界人の万引き防止策 ちかえ @ChikaeK

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