悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る【下】
「そういう事でしたのね」
目の前で優雅に紅茶を飲んでいた超絶美少女はカップをソーサーに戻してなるほどと頷いた。
「はい。ですから、私はこちらで良いご縁がないかと探していますの」
「ふふ。任せてくださいな。皇太子の婚約者としてのコネをフル活用しますわ」
そう言っておちゃめに笑うルイーゼ様は大層美しく、女の私も思わず見惚れてしまう。
実は今、私は隣国のライヒ国にいる。
決して断罪の上、追放されたとかではない。
交換留学生としてライヒ国を訪れているのだ。
ちなみに、ライヒ国からは第三皇子が行っているらしい。
らしい、と言いつつ私は第三皇子が交換留学生に選ばれることを知っていた。
あの乙女ゲームでは第三皇子も攻略対象の一人だったからだ。
キースから婚約破棄されるだろうとわかった時点で申し込んでおいてよかった。
そのおかげで私はヒロイン達の
おそらく、自国ではキース以上の新しい婚約者を見つけるのは難しかっただろう。
ダメ元でルイーゼ様に頼んでみてよかった。
素敵な方とご縁を結べると良いな……。
なんて想像を膨らませていると廊下から誰かが走ってくる音が聞こえた。
戸惑いルイーゼ様に視線を向ける。ルイーゼ様は警戒しながらドアを見つめていた。
勢いよく開いたドアから現れたのは端正な顔立ちの男性。何となく見覚えがある。
————お会いしたことはないと思うのだけれど……。
「まぁ! バルトルト様?! なぜこんなところに?!」
ルイーゼ様が目を白黒させて叫んだ。
「え、それって……第三皇子の名前では」
そういえば第三皇子はこんな顔だった気がする。でも、彼がこの国にいるはずがない。
だって、彼はまだあちらにいるはずで……と、考えたところでバルトルト様と目が合った。
「おまえが、ディアナか?!」
「は、はい! そうですっ」
「きてくれ!!」
「え? え!?」
突然現れたバルトルト様に腕を取られて連れ去られるようにその場を後にする。
ついた先は、私には一生使う機会なんて訪れないと思っていた転移門の前。
この門の使用許可が下りているということはよほどの緊急事態なのだろう。
私は促されるままに門を潜った。
転移門の先は見覚えのある学園長室だった。
バルトルト様にせかされ、わけのわからぬまま着いていく。
「あの、何が、あったのですか?!」
息も絶え絶えに聞くと、バルトルト様はハッと我に返ったようで少し歩みを遅くして説明してくれた。
バルトルト様の話を要約するとこうだ。
キースが魔力暴走を起こした。学園の教師達が抑えてはいるが暴走が完全に収まる気配はない。
このままだとキースの魔力が尽きてしまい枯渇して危険な状態になるかもしれない。
暴走した原因はわからないが、虚ろ状態でひたすら私の名前を呟いていることから私なら何とかできるかもしれないと判断したのだとか。
私は眉根を寄せた。
確かに幼少期はキースが暴走する度に私が止めていたけれど、果たして今のキースを私が止めることはできるのだろうか。
「あの、カミラ様は?」
バルトルト様は首を横に振った。
「最初にカミラ嬢が近づいて説得しようとしたがさらに暴走が強まっただけだった」
「そう、ですか」
バルトルト様に誘導され着いて行った先には教師達に囲まれ魔法で押さえ込まれているキースがいた。
野次馬のように生徒達もたくさん集まっていて、その中には王太子や取り巻きたちに守られているカミラ様もいた。
なぜかカミラ様に睨みつけられたが、無視してキースの元へと歩いていく。
教師達は私を止めようとしてバルトルト様に止められた。私は教師達の間を縫ってキースの前に立った。
「キース」
名前を呼ぶとぼんやりと虚空を見つめていたキースがこちらを見た。
「大丈夫、大丈夫よ」
ほら、おいでと手を広げてやるとキースがよろよろとした足取りでこちらへと歩いてくる。
「ディアナ」
縋るように抱きしめられて骨が悲鳴をあげる。息苦しいが我慢をして背中をポンポンと叩いた。
しばらくそうしていると次第にキースの魔力は落ち着き、何事もなかったかのようにキースはそのまま眠りに落ちた。
————————
キースとの婚約が破棄されてからシュタイベルト家にくるのは初めてだ。なんだか緊張する。
今朝方、キースが目を覚ましたからきてほしいと連絡があった。
もう婚約者でもないのでどんな顔をして挨拶をすればいいのだろうかと悩んでいたが、ついて早々にキースの部屋に押し込められた。
聞かされていなかったのかキースは驚いた様子だった。悩んだが、結局いつものように紅茶を入れることにした。キースもいつものようにソファーに座る。
一息ついた後、キースに声をかけた。
「えーと……体調はその、大丈夫?」
「うん」
キースは返事をしたきり黙りテーブルの上のカップを見つめている。
「今回はその、何が原因だったの?」
「……………」
「あ! 嫌なら別に話さなくても大丈夫よ! その役目ももう私ではないものね!」
うんうんと頷く。
なんてたって、キースにはもう好きな女性も友達もいるのだ。
私の出番はない。
少し寂しくはあるが、顔には出さずに笑みを浮かべた。
けれど、なぜかキースが泣きそうな顔をしてこちらを見てくる。
「……皆が変なことを言うんだ」
「変なこと?」
「そう。ディアナはもうこの国に帰ってこないって。僕と婚約破棄したから帰ってこないって。おかしいでしょ? ディアナはこうしてここにいるのに」
ポツリポツリとキースが呟く。
小さな声をひろって脳内で整理して考えてみる。
キースの今回の暴走はもしや……私のせい?
私がキースに何も言わずに消えたから情緒不安定になって魔力を暴走させたの?!
そう気づいた瞬間血の気が引いた。
「ごめんなさいキース!」
婚約破棄したとはいえ、キースにとって私は家族同然。
それなのに、いきなり家族同然の相手が消息を絶ったら不安になるのも当たり前だ。
キースのトラウマの深さを甘く見ていた。
「確かに今私はライヒ国に行っているけど、それは留学で行っているだけで一年したら帰ってくるつもりなの」
「留学……そっか。なら、一年したらこっちに帰ってくるんだね」
「もちろん!」
「じゃあ、留学が終わったらもうどこにもいかないよね?」
「え、ええ」
「……嘘だ。ディアナは昔から嘘つく時は絶対に目を合わせてくれない」
キースから鋭い目を向けられ、つい言い淀んでしまった。
仕方ないと息を吐きながら正直に話す。
もちろん、傷つけないように言葉を選びながら。
「今すぐではないけれど、いつかはこの国をでると思うわ」
「なんで?」
「私の結婚相手は多分この国の人ではないからよ」
「結婚をするためにこの国をでるの?」
「ええ。この国で相手が見つかるのなら別だけれど……」
おそらくその可能性は低いだろう。
「そっか……なら、僕と結婚しよう」
「はい?」
あら、耳がおかしくなったのかしら。
「ねぇ、ディアナ僕と結婚してよ」
にじりよってくるキースに慌ててまったをかけた。
キースは言われた通り大人しく待っている。
「キースはカミラ様の事が好きなのよね」
キースはこくりと頷く。
「だから、婚約破棄までしたのよね」
またキースはこくりと頷く。
「私じゃなくてカミラ様と結婚したいのよね?」
キースは首を傾けた。
「カミラと結婚したいとは思わないよ」
「え?」
「カミラは多分あの人達の誰かと結婚するんじゃないかな」
うーん、と考え出したキースに戸惑ったのは私の方だ。
「え? え? キースはカミラ様が好きなのよね?!」
「好きだよ」
「なら、結婚したいとは思わないの?」
「うーん……でも、結婚ってことはアレをまたカミラとするってことでしょ?」
なぜが嫌そうな顔でキースが唸る。
「アレ?」
「ほら、口と口を合わせたり、なんか色々するんでしょ」
キースの口から予想外の言葉が出てきて固まる。
「この前カミラから口にされたけど、その後僕吐いちゃったんだよね。だから、結婚は無理」
「そ、そう」
……え?
キースがカミラ様とキスをした?
カミラ様って肉食系なの?
というか、キースってばカミラ様からキスされて吐いたの?
あら…………キスとキースってダジャレみたいね。
頭の中がこんがらがって唸っていると、チュッとリップ音が聞こえた。
「ん?」
「やっぱり、ディアナなら平気だ!」
ニッコリと笑っているキースを見て、はてなマークがたくさん浮かんだ。
あれ? 今私キスされなかった?
「僕、ディアナと結婚したい。ディアナとなら平気だし、結婚すればずっと一緒でしょ?!」
「ちょ、ちょっとまって! でも、カミラ様達は?!」
「ああ……諦めるよ。ディアナがいない事の方が嫌だし」
「でも、私たち婚約破棄をして……」
「うん。でも、口約束の婚約を破棄しただけでしょ? なら、大丈夫。今度はきちんとした書面での婚約をしよう」
「それは、でも」
「だめ! ちゃんと書面にしておかないと。ディアナは僕のなんだから! どこにも行かせないし、誰にもあげない!」
な、なんだかキースが変な事を言い出したわ……まるで子供返りしたみたい。
まだ、精神が安定していないのかしら。
困惑したままの私はキースに懇願され、いつのまにか用意されていた婚約契約書にサインをした。
我に返った時には、時すでに遅し。すでに婚約契約書はキースの手の中。
悪役令嬢に転生したはずの私はどうしてこうなったのだろうかと途方に暮れるのであった。
悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る 黒木メイ @kurokimei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます