第12話 幽霊少女は夢を見ない

紫乃の親も帰り、落ち着いた時。

夕焼けが照らす病室の上で何となく2人と会った次の日の事を思い出していた。


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4月12日水曜日

スーパー爆雷団を潰し、心霊部に入ると宣言した次の日の放課後、紫乃は部室に呼ばれていた。


ドアを開けると、凛と麗華が椅子に座っていた。その前には机があり、私用の椅子もある。


だが、意識を向けざるを得ないのは机の上にある水だ。少し、濁っている感じがする…。


「まぁ座りたまえよ紫乃君。」


凛に言われるままに座る。昨日の帰り道に名前を聞いた。

恐らく今から行うのは昨日話していた事の一環だろう。


「…私達は昨日話した通り一般人が怪異に対抗できる策がある事を知っています。それがこれです。」


かぁ…。この水かぁ…。

と紫乃は怪しむ目を2人に向ける。


「安心したまえよ!怪しい通販じゃあないからお金は取らない。無料タダさ。」


…これ以上聞いても、何にもならないんだろう。そう判断した紫乃はコップを手に取り一気に飲み干す。


…普通だった。普通にただの水だった。


「…何もならないが?」


「ん、そんなすぐ効果は現れないと思うよ。

ただ今日思い知るだろうさ。」


知る。ではなく思い知る。と言われて少し引っ掛かるものがあったがとりあえず、私はあの化け物に対抗できる様になった訳なのか。


「ちなみにこの水なんかはいってるのか?」


「あぁそれはね。」



「私達2人の血を少々。」


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「ただいま。」


あの後、机を蹴飛ばして紫乃は家に帰って来た。なんて汚いものを飲ませるんだあいつらは。


「お帰りなさい。」


キッチンから声がする。料理をしているのだ。香りで分かる。今日はカレーだろう。


ちゃんとただいまを言おうとリビングに入って料理をしている人の顔を見た瞬間に違和感を覚える。


母…だよな?


なぜこんな違和感を覚えるのか?分からない。

何度も何度も見てきているはずなのに本当か?と疑ってしまう。


きっと疲れているんだ。昨日も色々あったし…


「お母…さん。ごめん今日はもう寝る。」


「あらそう。疲れているの?じゃカレーは残しておくわ。」


母の言葉を聞いた後自分の寝室に向かった。


自由ヶ谷高校に入ってから色々起こりすぎている。爆雷団を潰したり、化け物とあったり、それを軽々斬りふせる2人の同級生にあったり…


とりあえず寝ればなんとかなるだろう…。

明日の事を明日の自分に託し、深い眠りについた。



ここはどこだ。真っ暗な空間だった。

私は寝たはずなのに起きたらこんな所に…

いや、夢の中と考えるのが妥当だろう。

しかし夢の中で意識があるとは。

紫乃は初めて明晰夢を見た。


その時、どこからか呻き声が聞こえた。

この背筋が凍る声は聞いたことがある。

昨日。山で。


紫乃は声がした後ろの方を向く。

そこには


数えようがないほどの人。人。人。

黒く染まっており、ゾンビの様であった。


自分の意思で動かせる明晰夢のはずなのに体が動かなかった。叫ぶ事を忘れていた。その時私は息をしていたか?


黒い人が一斉にこっちに向かってくる。

そいつらは全員口々に、しかし同じ事を繰り返し呟いていた。


「オマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイオマエジャナイ」

と。


大量の人が自分の体に噛み付いてくる

自分の肉を食いちぎられ骨を噛み砕かれる。

痛みで意識がなくなった時、私は起きた。


午前4時。人生で最悪の起床だった。


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4/13木曜日

朝6時頃、部室には凛と麗華がいた。

2人とも昨日は夜遅くまで怪異と戦っていたため、学校で一晩を明かすことにしていたのだ。


麗華がコーヒーを淹れる。自分で引いたコーヒーだ。部室にコーヒーを作れるセットを持ってきている。


そこに薬を少々。


入れた所で、ドアが勢いよく開いた。


「こんな時間に来る人は1人しかいないねぇ。

おはよう紫乃君。」


目を腫らした紫乃が眠そうなしかし睨む目をしてドアにもたれかかっている。


「その様子だと見たようですね…あの悪夢を。」


「どういう…事だよ…?」


麗華がコーヒーを一口飲んでから話す。


「あなたは私達の血を飲んだ時点で怪異に触れる様になりました。そして、普通の人間の倍の身体能力も手に入れました。」


「しかし、当然デメリットもあります。一つは血の繋がった人の記憶がなくなってしまうこと。そして、必ず悪夢を見ることです。」


朝日が教室を照らす。紫乃は理屈では理解していたが、疑問が後を絶たなかった。


「血の繋がった人の記憶がなくなる…か。言われてみれば昨日母の顔に違和感があった気がするな…。」


「ほぉ…。違和感程度か…。私たちは親の顔は愚か、姉妹も思い出せない。まぁ姉妹はいたらの話だがね。」


凛が教室の壁にある棚を漁り、何かを取り出した。


「そんな君に我らの仲間としてプレゼントがある。」


凛に手渡されたのは…黒い錠剤だった。


「私達はこれを安眠薬とよんでいる。それを飲んでから寝れば悪夢は見ない。毎日飲むのを忘れない様に。」



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そこまで思い出して、気がついた。


彼女達は薬を飲んだのだろうか。と。


天狗と戦った時に凛が気絶して介護した時も麗華は薬を飲ませていた。


ここは病院だ。そんな事を知っている人は誰1人としていない。


全身から血が引くのを感じる。



起こさなければ。



紫乃は力を振り絞りベッドを立ち、凛と麗華の部屋に手すりをつかみながら駆け込んだ。



凛と麗華は真っ暗な空間を彷徨っていた。

そこに良く聞く呻き声。怪異だ。

気がつくと全方位に黒いゾンビの様な人間がいた。包囲されていた。


幽霊少女の叫び声や悲鳴も届かず、皮を剥ぎ取られ、血を吐き出しながら、骨を折られる。


「オマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダオマエダ」


人間が感じる痛みを超えようとこの悪夢からさめることはない。



その時、黒だけの空間に白い閃光が走る。幽霊少女だったものはやっとの事で意識を失い、起きると病院のベッドの上にいた。


凛と麗華のベッドの間には紫乃が泣きそうな顔でこちらを見ている。


2人はやっと起きる事ができたのだ。


あのまま夢の中にいたら死んだかも知れない。



幽霊少女はつくづく感じる。



夢は見たくないと。

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幽霊少女は夢を見ない スズト @su_zu_to

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