うちの本屋ではあきらかにこの世のものじゃない奴がたまに転移してくる

青キング(Aoking)

うちの本屋ではあきらかにこの世のものじゃない奴がたまに転移してくる

 所属している大学近くの書店で私はアルバイトしているのだが、その日はアパートの隣の部屋の男が酔って帰って来たから金曜日だったと思う。


 閉店間際の客がほとんどいなくなり夕暮れの淡い日差しが店内に射し込んでいた頃、女性漫画コーナーで突如物音がした。

 マナーの悪い客がなおざりに仕舞った漫画が棚から落ちたのだろうか、とカウンターの掃除をしていた私は掃除をやめて女性漫画のコーナーに向かった。


「あ‘*><こ++‘?>>+」


 女性漫画の棚の方から人の声とは思えない鳴き声ようなものが聞こえ、私は棚に近づく前に足を止めた。

 それでもなんとかポップの見える位置まで歩み寄ると、棚の周りに積んであった女性漫画の羽を広げた鳥のように一斉に舞い上がった。


 宙を舞い次第に落下してくる女性漫画をポカンと眺めている私の耳に、またも先程のような鳴き声が聞こえた。

 超常現象やらポルターガイストやら、そのような科学的じゃない類の事象を私は今見ているのだろうか、と妙に冷静な自分がいた。


 恐怖心と好奇心が綯い交ぜになった心情で女性漫画のコーナーを覗くと、床に魔法陣を光らせその上に立っている褐色ローブで目元を隠した男性がいた。


 ローブ男の姿を視認した瞬間、魔法陣がいっそう強く光を放ち、私の目が眩んだ。

 次に目を開けた時には見慣れた本棚と元の状態で積まれた女性漫画があるだけだった。



 他の日にも似たような遭遇があった。

 確かその日は小雨の降りしきる土曜日の昼間だったと思う。


 店長が客もいないし帰っちゃってもいいよ、といつもより早い退勤を勧められ、お言葉に甘えて店内の掃除を始めて五分くらい経った時だ。

 その時運よく店長はトイレに行っていたので私しか知らないのだが、絵本コーナーの本棚の上にバッタの頭部を模したような形のフルフェイスのヘルメットを被った男性が、いつの間にか降り立っていた。


 白昼堂々の泥棒かな、と私がレジの奥の用具ロッカーからモップを取り出した時には絵本コーナーの床からガラガラヘビを模したようなヒーロースーツを着た男性がモグラのように出現した。


 バッタ似のヘルメット男性の方は、ガラガラヘビ男性に対し何やら聞き取れぬ長いセリフを発し、ガラガラヘビ男性の方も健気にヘルメット男性の長広舌を聞き届けてから急に怒ったように手の代わりに生えている鞭のような細長い物を横に薙いで拒絶を示した。


 その後、バッタ似のヘルメット男性とガラガラヘビのヒーロースーツ男性はくんずほぐれつわざと長丁場にしているような肉弾戦を展開し、しばらくしてバッタ似のヘルメット男性の方がガラガラヘビ男性を指差して何かを告げると、両者同時にジャンプして姿を消した。


 五分後、便秘気味だとどうでもいい情報を溢しながら店長がトイレから戻って来た時、絵本コーナーのところだけ荒らされているのを指摘され、私がバッタとヘビが出たので退治してました、と言ったら、しょうがねえなという顔で許してくれた。



 そういえばこんな日もあった。

 大学の帰りに急遽シフトに入ったから二月ごろの月曜日だったと思う。


 その日の店長は言われなくてもわかるほどの下痢気味で何回もトイレに駆け込んでおり、閉店間際もちょっとトイレと言ってトイレに行っていた。

 突如、店内の隅にある成人向けの漫画の暖簾の下に紅白なますを貼り付けたような色のタイツを履いた男性の足が見えた。


 いきなりの出現に私は驚いたが、ローブ男やバッタ似ヘルメットやガラガラヘビ男など見てきたせいか耐性がついており興味の方が勝って紅白なますの足へ近づいた。


 紅白なます足の男性は私が近づくのに気づいていないらしく、場所を移動することなく18歳以下禁制の暖簾の中で立ち読みしているようだった。

 一応店員で立ち読みを注意するという名目で暖簾を捲ると、紅白なますの足の男性は実はヒーロースーツを着ており、全身が紅白なますのようだった。

 どこかで見たことあるような、とじっと紅白なますのような男性を眺めていて私は思い出した。


 腕から光線の出る某巨大ヒーローだ。


 紅白なます、と譬えて失礼だったかなと思いながらも成人向け漫画を食い入るように読んでいるウ〇〇ラマンが気が付くのを待ってみることにした。


 どれくらい経ったか計っていなかったが、湯を浸したカップラーメンが出来上がる目安の時間ぐらいだったと思う。ウル〇〇マンに酷似した男性の胸にあるタイマーが赤く点滅を開始し鳴り出した。


 ウル〇〇マンに酷似した男性は表情を変えないながらもはっとした動作を見せて、きょろきょろと辺りを見渡しながら手に持った成人向けの漫画をもの惜しげにちらちらと覗いていた。


 買えばいいのに。


 そう思いながらも販促までする気は起きず、あたふたとする紅白なますヒーローを放置してレジへ戻った。

 その後十秒もしないうちに姿は見えなくなっていたから、光の国にでも帰ったんだと思う。さすがにアダルト漫画はお土産に出来なかったんだろう。

 

 他にも奇怪な客というかこの世のものじゃない奴には遭遇したが、話すほどじゃないからここまでにしておく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うちの本屋ではあきらかにこの世のものじゃない奴がたまに転移してくる 青キング(Aoking) @112428

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ