大型本屋の暖簾の向こう

ハマハマ

君は知っているか

 君は知っているか? 僕は知っている。

 大型本屋の奥の方、やや派手な色味の暖簾のれんが掛かっていることを。


暖簾の先の、めくるめくピンク色の世界のことを。


 男の夢が詰ま――いや、このご時世にその表現は良くない、男とか女とか、そんな事をどうのこうのと言う時代じゃない。


 十八歳以上の夢の詰まった世界のことだ。


 今夜、両親は揃って帰宅が遅い。なので、いざ!


 …………この本屋の最もバカなとこがだ。暖簾の手前に参考書コーナーを設けていること。

 しかしそんな事は意に介さずに通り抜ける。


「あれ、見た顔じゃん」

「…………」


「おい、無視すんなよ」

「…………」


「……あ、あ〜。そっちね。ならしょうがないよね。どうぞいってら〜」

「…………なに? なんか言った?」


 真っ直ぐ暖簾の向こうに向かう足をクルリと回し、参考書の棚に手を伸ばして一冊手に取りクイっとメガネを上げて言った。


「ありゃ、そっちじゃないの?」

「――……そっち? あぁ、興味ない」


 愛する暖簾の向こうに一度視線をやり、さも興味ありませんよと参考書に視線を戻す。すまん、許せ暖簾の向こう。


「そっか。ごめん、勘違いしたみたい」


 む? 確かにこいつ見たことある。

 一般教養の授業で一緒の派手な――めちゃくちゃ可愛くてスレンダーな僕好みな女優さん似の――有体に言えば、見た目はどストライクな女だ。


「ねえ、それ興味あるの?」

「興味? 無いって言ったじゃないか」


「違うよ。それ、手に持ってるやつ」


 ん? これ?


 クルリと回して表紙を見てみれば……


「まっ――」

「まっ?」


 リハビリテーションの科学……僕は機械工学科、全くもって興味がない。なんなんだこの皮膚のない人間のイラスト達は。キモいぞ。

 が、そうも言ってられない。


「――す、少しね」

「そうなんだ! あのさ、この本も良さそうなこと書いてんだけどどう思う!?」




 少年少女よ。

 この派手な女が、今の僕の妻だ。


 君たちは知っているか?

 暖簾の先じゃなく、にこそ、愛が詰まっているということを。

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