第17話

 17


「……魔法、いつから使えた?」


 腕組み、足組みして椅子に座った院長。

 メチャクチャ怒っていらっしゃる。

 ちょっと今まで見た事ない顔だ。

 細めた目でジッと僕の目を見て、逸らしてくれない。

 完全に殺し屋の目ですわ。

 笑ってよ、院長。他の子に泣かれちゃう……す、すみません。冗談言える雰囲気じゃないですよね。


 ベッドに腰かけさせられた僕。

 隣にエリスがいなかったらビビッて逃げていたかもしれない。

 とても嘘を吐いたり、誤魔化せる感じじゃない。

 ただでさえ、僕のせいで心配ばかりかけているんだし、嘘はつかずに素直に話そう。


「さっき、初めて」

「……初めて?」

「うん」

「……初めてで、いきなり魔法を使ったのか?」

「うん」


 ゴツンっ!

 拳骨が落ちた。

 いったあああああああ!?


「ちょっ、今の義手の方!」


 ほとんどこん棒で殴られたのと同じじゃない!?

 頭を押さえてベッドの上を転げまわるけど、ちっとも痛みが誤魔化せない!

 痛い痛い痛い! たんこぶできてるよ!

 しばらく転げ回って痛みをやりすごし、少しだけ落ち着いてきたらエリスが頭に手を伸ばしてくる。


「あ、エリス。今はぐりぐりしないで? ね? え? 撫でてくれたの? ありがとうね。でも、今はちょっと気持ちだけでいいから」


 頭を撫でてくれたのか。

 その優しさは微笑ましいけど、子供らしい加減のなさで触られるから普通に痛い。


「……それぐらい我慢しろ。本当ならもっとひどい事になっていたんだぞ」


 ぐう。

 正論過ぎて一言も反論できない。

 ちなみに子供への拳骨はここではナチュラル。

 さすがは冒険者が経営する孤児院だ。


「……想像できるな?」


 普通の四歳児はできないんじゃないですかね?

 まあ、普通の四歳児はそもそも独学で魔法を使えないんだろうけど。


 あの勢いのまま地面に生身で突っ込んでいたら……なんとなく『大根おろし』という単語が思い浮かんだ。

 良くて大怪我、悪くて死んでいたかもしれない。

 今になって思えば周りがゆっくりに感じられたのも極限の集中とかじゃなくて、走馬灯の一種だったのかもしれない。


 嘘はつかないと決めていたからうなずくと、院長は深々と溜息をついた。


「……約束だ。私のいないところでは魔法は使わない。いいな?」

「それは」


 折角、使えるようになった魔法だ。

 もっと試してみたい。

 もっと鍛えたい。

 いや、純粋に使ってみたい。

 けど、厳しい顔の奥で心配そうな院長の気持ちを思うと言い出せない。


 じゃあ、隠れて練習する?

 嘘はつかないと決めたばかりでそれも嫌だな。


「……午後に魔法を教えてやる」

「え、いいの!?」


 金も出せない奴に教えるつもりはないって言っていたのに。

 そんな僕の内心なんてお見通しなのか、院長は眉をしかめて続けた。


「……どうせ止めたところでお前は隠れて魔法を使うだろ」


 バレてる。

 表情に出やすいのか、ぎくりとしたのも気づかれたらしい。

 ますます院長は眉間のしわを深くした。


「……アドルと同じだ。あいつも魔法を使えるようになったらすぐに使いだして、何度も怪我をした」


 あ、アドル父さんのせいね。

 血は繋がっていないはずなのに、義理でも育ての親は似るのかもしれない。


「……なら、私が監督した方がまだましだ」


 馬鹿な男に振り回される苦労が透けて見える。

 いや、その一端が僕なんだけど。


「……まず、魔力はわかるな?」


 あ、それも気づかれていますね。

 まあ、刻印魔法を使うには魔力を操れないといけなくて、だったら感じ取る力もないと無理なんだから当然か。


「この前、急にわかるようになった」

「……そうか」


 チラリと院長はエリスを見てから、すぐに視線を戻してくる。

 これはアドバイスをもらったのも勘づかれているなあ。


「……操作はどうだ?」


 少しだけ考える様子の院長はすぐに話を進めた。

 操作がどれだけできるかなら実際に見せた方が早いな。


「えっと、こんな感じ」

「……ああ。待て」


 院長が生身の手を僕の胸に当ててくる。

 大きいけど、女性らしい細い指の感触がくすぐったくて操作を失敗しそうだ。


「……基礎はできている」

「わかるの?」

「……触れていれば」

「触らないとわからない?」

「……ああ。魔力探査――魔法を使わないとわからない」


 人の魔力は感じ取れない、と。

 確かに僕も院長の魔力はわからないもんな。

 あれ?

 じゃあ、どうしてエリスは僕に魔力があるってわかるんだ?

 その魔力探査の魔法を使っている、わけじゃないと思うんだけど。


 チラリと視線をやると、無表情ながらもムスッとしているエリス。

 目が合うと無言で僕の服を掴んでくる。

 どうやら僕が院長とばかりお話しているのがお気に召さないらしい。

 子供らしい独占欲だね。


「もうちょっと待っててね」

「ん」


 手を握ってあげれば満足なのか、雰囲気が戻る。

 対して今度は院長が大きなため息を吐いた。


「どうしたの?」

「……なんでもない。基礎ができているならまずはそれを伸ばせ。操作の練習は?」

「小さい魔力から少しずつ集める練習をしてるよ」

「……正解だ。続けていい。刻印の書き方も練習していい。使い方も、他の刻印も教える」


 大判振る舞いだ!

 何も見えない暗闇の中を手探りで歩いていたのに、灯りと地図とアドバイザーがまとめて手に入ったみたいじゃないか。


「……ただし、刻印魔法は私が許可するまで使うな」


 ダメじゃん!

 一番大事なところじゃん!

 折角、魔法を使えるようになったのに!


 反論するより先に院長に睨まれた。


「……隠れて使うのも許さない。もし約束を破ったならお前の魔力を壊して、二度と魔法を使えないようにする」


 ええっ!?

 恐ろしすぎる!?

 そんな事になったら僕はどうしたらいいのか……。


「……嘘だ。そんな事はできない」


 嘘なんかい!

 ああ、もう!

 僕があんまりにも怖がっているから速攻でネタバラシしちゃったのね?

 本当に子供に厳しいくせして甘いなあ。


 相変わらずの仏頂面のまましょんぼりしている院長を見ていると、これ以上の心配は掛けられないと思ってしまった。


「わかったよ。約束する」

「……ああ」


 ホッとしちゃってさあ。

 ああ。僕は悪い子供だ。

 こんないい人に心配ばかりかけているんだから。


 少しぐらいの回り道だってきっと無駄にならない。

 大切なのは僕の取り組み方だ。


「……安心しろ。私は教えるのがうまい」


 口下手なのに?

 思わず疑いの目を向けてしまう。

 けど、院長はハンサムに微笑んで。


「……お前の夢を叶えてやる」


 契約の悪魔みたいな台詞を言うのだった。

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天塔の冒険者 あやつき @ikusaya

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