第16話
16
新しい日課が決まった。
午前中の遊びの時間はランニング。
午後はお昼寝の時間を利用した魔力操作の練習。
相変わらずエリスは僕以外の誰にも心を開いていないせいで、遊びの時間も昼寝の時間も二人っきりのままなのが好都合になっているのは悩ましいけどね。
おかげで誰かにバレたり、邪魔される事もなく訓練ができている。
最初は本当に砂粒程度しか動かせなかった魔力も少しずつ増えてきて、本当に今は楽しくて仕方ないんだ。
エリスには申し訳ないけど、いましばらくはこのままでいさせてもらおう。
そんな事を考えている間に準備運動が終了。
隣で切れ切れのダンスみたいな動きをしていたエリスも、僕に合わせて動きを止めた。
「さて、今日も走ろうか」
「ん」
午前中のランニング開始だ。
ついてくるエリスの様子を見ながら、少しずつ走れる距離を伸ばしていくんだけど、これおかしいよなあ。
いや、走っても体力がなかなかつかないとかじゃないんだ。
微々たる速度でも成長は続いている。
ただ、エリスがすごい。
貧弱だった当初はすぐに限界になって座りこんじゃっていたのが、食生活が改善されてからどんどん元気になっていった。
そうなってからの成長が著しい。
僕の後ろをピッタリとくっついて走り続けられるようになったのが十日目。
早すぎでしょ、いくらなんでも。
僕も子供だけど、その子供の中でもわりと走れる方だよ?
「?」
振り返るとキョトン顔。
涼しい顔ってこんな感じなんだろうなあ。
子供らしくない綺麗なフォームで、軽いジョギングのような雰囲気。
なのに、僕のランニングに遅れるどころか息も乱していない。
この五日間、明らかに僕の走りに合わている!
「は、はは」
これはなかなかクルね。
相手は少し前まで栄養失調寸前の浮浪者生活をしていた幼女。
対して僕は孤児とは思えない満たされた生活をしていて、おまけに前世の知識と警官まで持っている男の子。
それが、あっさり追いつかれて? 合わされる?
ははは。いやいやいや、おいおいおい。なあ? わかるだろ?
「負けられない戦いがあるんだ!」
「そう」
全力で走った。
大人げない?
また倒れたらどうするんだ?
いいや、僕は子供だ。
知力勝負ならともかく体力勝負なら五分と五分。
手を抜く方が相手に失礼ではなかろうか。いや、失礼である。
「僕を超えて見せろ」
「ん」
ペースも考えない全力疾走。
孤児院の周りを一周、二周、三周。
さすがに息が上がってくるけど、ゴールは目前。
そして、気付く。
エリスさん、ケロッとしてるわ。
さすがに息は上がっているけど、安定したまま。
むしろ白い肌が火照って健康的に見えるぐらい。
むしろ、ウォームアップは終わったみたい?
僕?
今にも足がもつれて転びそうだけど、なにか?
おかしい。
ただの幼女のレベルじゃないだろ。
「負けられない、戦いが、あるんだ」
「そう」
あ、ゼエハアしてるところで無理にしゃべったからお腹痛い。
このままゴールしていいのか?
きっとエリスは「あれ、終わり?」みたいな顔をするんじゃないか? いや、無表情だけど。
僕はエリスの保護者として、負けないところを見せないといけない。
たぶん、きっと、おそらく。
できる事、全てをぶつけないとダメだろ、うん。
「駆けろ、【獣】」
走りながら、疲れ切った体。
最悪の状態が逆に功を奏したのか。
僅かに、僕の指先に赤い光が灯る。
描くのは【獣】の刻印。
院長が使っていた姿を思い出す。
空に書いて、そこを通過したらすごい早く動けるようになっていた。
なら、僕はそれを足に向かって使おう。
倒れる程の前傾姿勢。
近づいてくる地面に手を伸ばし、一瞬で刻印を描く。
そして、重力に逆らうように左足を踏み込んだ。
そこには赤く輝く【獣】の刻印。
「これが、僕の、全力だあっ!!」
叫び、踏み込む。
周りの動きがゆっくり見えた。
ゾーンに入るってきっとこういう感じに違いない。
足に【獣】の刻印が宿る。
院長と比べて弱々しい輝きだけど、確かに光っている。
瞬間、足に未知の力が込められたのがわかった。
筋力とは違う。
外付けの筋肉? 神経? 皮膚?
パワードスーツなんてものがあればこんな感じなのかもしれない。
地面に指先を指先が掴む感覚。
指先から、踵、ふくらはぎ、膝、太もも、そして、腰まで。
順番に力が満たされて、解き放たれる。
「ああああああああああああああああああああっえああああああああああっ!?」
僕は飛んだ。
前に。
マジで。
文字通り。
錐もみして。
地面に並行して、だいたい十メートルぐらい?
弾丸の視点ってこうなのかも?
無駄にゆっくりとなった光景の中、ぼんやりと考える。
これ、ヤバくね?
「ぎやあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
ヤバかった。
弾丸の次は水切り石を体験する事になった。
地面を五回はバウンドして、そのまま縦に横に回転し、地面を抉る勢いで削ってようやく停止。
これには周りにいた子供たちも沈黙だ。
突然のショッキングな事故シーンに固まっている。
うるさいはずの孤児院の庭が痛いぐらいの静けさに包まれていた。
うん。
他の子を巻き込まなくて良かった。
マジで。
「うおおおお……」
空を見上げたまま
し、心臓がバクバク言っている。
安全装置なしのジェットコースターでもこうはならんやろ。
それでいてケガはしていないのだから、不思議だった。
ええっと、どうして?
魔法に失敗したのはわかった。
片足だけ強化したせいだと思う。
で、制御を失ったと。
無事なのは無意識に全身を守ろうとして、魔法が反応してくれたとか?
いや、そこまで都合のいいものかな?
あれこれと現実逃避気味に検証しながら心臓が落ち着くのを待っていると、エリスが顔を登ぞき込んできた。
「カイト、すごい」
エリスにすごいところは魅せられたようだから、オッケーにしよう。
「うん。すごかったでしょ」
「……ああ。すげえよ、お前」
もう一つ声が割り込んできた。
僕を見下ろす超不機嫌な院長の顔。
あ、うん。
わかった。
僕が無事なの、院長が防御の魔法を使ってくれたからだ。
「ちょっと来いや」
問答無用で襟首を摘まみ上げられて、僕は院長室に運ばれていくのだった。
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