第15話

 15


 院長、どうして僕とエリスを警戒するのかなあ。


 アルド父さんに説得されたからか、僕が彼女の世話を焼いたり、物置小屋での別居生活するのは止めない。

 けど、さっきみたいな誤解を招きかねないシチュエーションを目撃すると素のテンションで泣き始めるから困ってしまう。

 その割には頻繁に外で僕らの様子を見ていたのか、特殊部隊ばりのテンションで突撃してきては膝から崩れ落ちたし。

 そういう芸風なの?


「ちがうよなあ。生真面目な人なんだから」


 別にエリスを嫌っているわけじゃないのに、なんで?

 そりゃあ、僕も口が暴走して結婚するとか言ったりしたけど、言っても子供の戯言じゃないか。

 いい大人が騒ぐほどじゃないでしょ。

 一瞬、自分は恋愛できていないから子供に嫉妬しているんじゃないかとか勘ぐってしまったけど、ないな。


「お相手いるのに嫉妬しないよ」


 そのアドル父さんお相手がどっかから運び込んできたベッドで天井を見上げて溜息。


「ん……」


 隣で眠っているエリスが体を揺らす。

 独り言に反応しちゃったかな。

 起こしてしまわないように小屋の外に行きたいんだけど、その右手ががっちりと僕の左腕を掴んで放さない。

 より一層強く腕を抱え込むと、安心したのか穏やかに寝息を立てる。


「小声にしないと、起こしちゃうか」


 独り言を辞めればいいって?

 いや、前世で孤独が長かったせいか、癖になっているみたいでポロポロ出るんだよ。

 ちょっと簡単には直らない気がする。


 暗闇の中、空いている右手を持ち上げて開いたり、閉じたりしてみる。

 いつも通りだ。


 帰ってきたアドル父さんが泣きくれる院長をお持ち帰りして、晩御飯を食べ終わる頃には僕の体調不良も回復していた。


 といっても感覚がなくなったわけじゃない。

 今も体の真ん中を中心に温かい熱が収縮しているのを感じる。

 ただ、それに慣れただけ。

 違和感がすっかりなくなっていた。

 呼吸をするように、立って歩くように、言葉を話すように。

 ごく自然に僕の内側で起きている。


 最初は立っていられないぐらいの感覚のずれだったのに、こんなに早く順応できるとは思わなかった。

 もしかして、僕の才能? とはうぬぼれまい。

 どちらかっていうと子供の成長の力のような気がする。


「さて……」


 思考を魔力の方に切り替える。

 院長の突撃でうやむやになっていたけど、感じ取れるようになった魔力について色々と検証していきたい。


 まず、この感覚。

 錯覚とか妄想ではない。

 確かにある。

 この温かい感覚は間違いなく魔力、だと思う。


 いや、感覚自体は絶対ある。

 確信している。

 けど、問題はこれが本当に魔力なのかがわからない。


「父さんか院長に聞けばわかるんだろうけど」


 もちろん、却下。

 二人とも僕が魔法を使うのに消極的だった。

 どうやら魔力の感覚を手に入れた事に気付いていないようで、さっきは何も言ってこなかったけど知られたら禁止されるかもしれない。


 なら、答えは一つ。

 実際に刻印を書いて、魔法になれば魔力だ。

 闇の中、指先で【陽】の刻印を書く。


「出ない」


 当たり前か。

 指先に魔力を集めて、書かないと意味がない。

 院長が魔法を使って見せてくれた時も、その指先が赤く輝いていた。


 で、これが問題。


「どうやって操作するの?」


 感じ取れないと話にならなかったけど、感じ取れるだけでも意味がない。


 体の中で動き回る魔力。

 これを指先に集まれーと念じてみたけどピクリともしなかった。

 いくら待っても、見つめた先は変わらない。

 この暖簾に腕押し感、適当に念じても意味がないな。


 どうも刻印魔法はイメージが関係するっぽい。

 呼吸みたいだからって肺のような機関があるわけではなさそうだ。

 まあ、あったとしても意識して操作できるとは思えないけど。肺を自分で意識して操作できる人なんている?


「タイミング?」


 魔力は体の真ん中を起点に、広がって集まっている。

 まるで海で波が押し寄せては引いていくようだ。

 だいたい、一秒に一回のタイミングで満ち引きする感じか。

 まずは引いたタイミングで念じる。


 集まれ、失敗。

 集え、失敗。

 集、失敗。


 違う、か?

 タイミングがジャストじゃないとダメかと何度も繰り返すけど、手応えはなし。

 意識の仕方を、止まれとか、強まれとかに変えてもダメ。

 逆に今度は広がり切ったタイミングを狙ってみるけど、こっちも失敗を繰り返す結果になってしまった。


「タイミング説は保留、と」


 意味はある気がするんだけどな。

 じゃなかったら自然と動いたりしないだろうし。


 ともかく、今は操作だ。

 タイミングじゃないなら、体を動かすのはどうだ?

 エリスを起こさないように、そっと指先を振りながら『魔力よ集まれ』と念じる。


「ダメか」


 指の振り方を変えても同じ。

 これは完全に間違えているかもな。

 いくら腕を大きく振ったとしてもダメだろう。


「うん。じゃあ、単位を変えるのは?」


 なんとなく体中の魔力に向かって念じていたけど、それをもっと小さくするのはどうだろうか。

 大きなものを動かすより、小さなものを動かす方がエネルギーは少ない。

 なら、魔力初心者の僕も少しずつチャレンジするというのは理に適っている。


 魔力。

 さっきのタイミングの時のように指先に波が広がった後。

 体の中心に戻っていく引き潮の余韻。

 わずかに指先に残った熱。

 そこに向かって念じる。


 集まれ、と。

 留まれ、と。

 止まれ、と。


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 ダメかもとか考えないで、ひたすら。

 どれぐらい挑戦したのか。

 暗闇の中で楽しく繰り返すうちに、気付く。


「あ――」


 大声を上げそうになって、慌てて口を手で押さえた。

 抑えた手の指のさき。

 少しだけ、温かい?

 魔力が、集まっている?


 見つめてみても光ってはいない。

 試しに刻印を書いてみるけど、赤い文字にはならない。


 けど、間違いなく温かい感覚がある。

 興奮したまま試している間にそれも薄れて消えてしまったけど、何度か試していると再現できた。

 指先の熱。

 魔力の操作。


「これだ」


 僕の念じる力に対して、扱おうとしていた魔力が大きすぎた。

 なら、後は念じる力を強くしていけばいい。

 そうすれば、いずれもっと大きな魔力だって操れるようになるだろうし、そうなれば刻印魔法を使えるようになる!


「やっ――」

「んん」


 興奮のあまり声を上げかけて、自重する前にエリスが動いた。


 腕だけじゃ物足りなくなったのか、全身で僕にしがみついてくる。

 足まで絡めてきて、女の子がはしたないよ?

 僕が四歳児じゃなかったら危なかった。

 寝顔も無表情のままだけど、心なしか口元が柔らかくなっていて幸せそうだ。


 片手で乱れた毛布を掛け直してあげて、僕は再び魔力操作の特訓を続けようとして気付く。


「え、この状態で集中するの?」


 幼女とはいえ相手は同年代の異性。

 邪な考えはないけど、意識はしてしまう。


 ハードモードになった僕の精神修練の時間は、疲れて眠るまで続くのだった。

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