第2話

 会計後。

「ところで袴と言えばさ。京都駅で新幹線降りて、JRに乗るだろう。いつも袴みたいなスカート履いている女子高校生たちが居るのだけど」

坂木さかきさん。それは、袴みたいなスカートではなくて、袴ですね。えっ、脇に何かとてつもなく細長いものを持っているの、本当に見たことありません? 和風な柄の布に包まれているあれ!」

「私、京都駅では、京都タワーを凝視しているから。ほら、京都に来たなあ~みたいな感慨に耽って」

「……。東寺でも見て下さいよ…」

 京都タワーは、京都人には不評なのである。

「そうかあ…。大体、坂木さんって、小説の中でも男か女か、若いか老人かくらいしか書きませんものね…。『名前書いてあんだから区別つくだろ』みたいな」

 頷く。

「普段、人の顔見ないから、ホームズシリーズは、『うわあ…』ってなるね」

 だから、高校時代の私は有名人であるところの呉碧くれあおいを知らなかった。もちろん、石矢いしや君の顔が整っていることも。姉二人が母親代わりとして育てられた石矢君は、当然、女子と過ごしたほうが気安いのだが、いかんせんイケメンに成長してしまった。そして、残念ながら女友達は離れていってしまったのだ。石矢君曰く、「坂木君は、僕を美人扱いしないから好き」なのだそうだ。言われて見れば、大変見目麗しい。少し、驚いた。

「まあ、私の家が家だから、というのもあるがね」

 出来るだけ人に関わらないように。村八分なのに、あの二人はそれぞれ自分から私に関わってきたのだ。

「うん。京都は本場だろうから、田舎のマイナーな憑物筋の話など気恥ずかしくてね。『坂木の本屋敷』と言えば、地元では有名な話なのだよ。実際、人死にも出ているし。あ、私から貰った本を捨てると、祟られるよ。きっと」

 短い悲鳴。

「大丈夫だよ。本を捨てなければ。先祖に、本好きの権化みたいな人が居てね。それだけならばともかく、血筋の関係か、その人には妙な力があってね。私の大切な本を手荒に扱ったやつは、必ず呪い殺してやると心に強く誓ったらしい。彼の死後も、呪いだけが家に残ったという訳さ」

 私は笑う。言葉を失っている。

「憑物筋って、まだあるところにはあるんですね…」

 溜息を吐く。手にしていた本から、私に視線を寄越す。

「でも、ようやく納得できました。坂木さんの不思議な雰囲気の理由。ほら、坂木さんって、能の精霊とか幽霊とかっぽいじゃあないですか。もともとこちらに来る予定は無かったのに、うっかり身体の一部だけはみ出してしまったみたいな」

 言い得て妙である。

「そうか。だよね。私は、こちら側の人間ではないのか」

 あれは、小学校に上がる前。気付いたら、私は、ひとりきりで坂木の本屋敷に居た。屋敷中のありとあらゆる場所には書物が在った。私は、彼らに守られている。知らぬ間に、部屋が掃除され、清潔な服があり、温かい料理があった。そして、『遠野物語』を読んだ。実際は、本に夢中で、家政婦に気付かなかっただけなのだろうけれど。私は、「本屋敷のとらわれ」であることが幸福でならなかった。それでも、三木本みきもと高校で、石矢君と呉さんに出逢えた。私の世界は、拡張されたのだ。

「君のことはね、親しい二人が教えてくれたのだよ」

 呉さんとの別離以来、ほとんど本屋敷から出てこない私のために。石矢君は、京終蜜きょうばてみつの連作「いのり」展に連れ出してくれた。

 桜の香りがした。この子に会いに行きなよ。佐保川さほがわの桜並木に紛れて、呉さんは消えた。

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坂木さんと蜜くん、本屋にて。 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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