坂木さんと蜜くん、本屋にて。
神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)
第1話
「
ところは、本屋、理系専門書のコーナーの一角である。隣の青年に目を向けると、期待に満ちた笑みを向けてくる。
「いや、残念ながら、ほとんど読んだことが無いんだよ」
「ええっ」すっ頓狂な声を上げる。慌てて、口に手を当て、キョロキョロする。袖口を掴まれる。
「あなた、大学理学部出でしょうに?」
「読んだことないやつくらいいるさ」
「…いる、でしょうけど。そりゃあ…」
信じられないと何度も小声で呟いている。
「うわあ、文学部出て、太宰治読んだことないみたいくらい残念な人ですね」
本気で、嘆かれている。私は、首を傾げる。
「あのですね。絵描きに会ったら、ブルーバックスの話さえしておけば、まず間違いないと伝えたかったんですよ。アーティストは、複雑系とか、宇宙の成り立ちとか、大好きですからね」
「ふうん」
至極、どうでもいい。小説のコーナーに向かう。袴を着けた高校生らしい少年が二人。部活帰りだろうか。
「本屋さんに、袴男子。萌える!」
既視感がすごい。えっと、誰だっけ。そうだ、
「お前は、女子かよ」
「だって、古き良き時代の書生を彷彿とさせるではないですか。ただの学生なのに、いきなり家の主人から怪人と戦えとか抜かされるんですよ!」
「うん。普通に、出し抜かれるやつだね」
「そうなんですよね」
この子、本当、ファザコンなのだな…。ニマニマする。一瞬、こちらを見て、悟ったらしい。赤面している。
「だって、一家に一人、おうお先生を置いておくとするでしょう。もう、絵にしたくって、こっちは大変なんですよ!」
確かに、解らなくはない。武道の達人でもある、彼の絵の師匠は、常に凛としている。絵のモデルとしてしか知らないけれど、男としてかなり上等の部類の美丈夫である。
「やっぱり、おうお先生には着物が似合うんですよね。スーツじゃなくて、袴が良い」
「でも、君は、着物を着ないよね」
「うーん。子供の頃は浴衣くらい着たけれど…。なんか日本観光に来た外国人みたいでちょっと…」
まあ、そうなのだろう。さらさらの栗毛に、蒼い瞳だから。
「着物は自分が着るんじゃなくて、人が着ているのを見るのが好き」などと、またしても、どこかの女子のような言い回しである。
「君は、本当に、美少女みが強いよね」
「いえ、僕は男ですので」
真顔で返される。
「で、欲しい本あった? レジ行くよ」
「はい、これ。お願いします」
てのひらに、ずっしりとした重さ。
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