KAC20231 「本屋」

心桜 鶉

第1話

 彼――姫野晃一には何もない。彼にはやりたいこともなければ将来の夢もない。彼は何かを探すように――今日も本屋に足を向けた。

 

 晃一は今日も、学校帰りの放課後にいつもと同じ本屋に向かう。そして本棚にある本を片っ端から読み始める。

 気に入った本があればもちろん購入するが、この本屋は立ち読みをしても怒られない、珍しい本屋だった。それもよく通う理由のひとつだ。俺はかれこれ三年近く通い続けていた。


「何かお探しですか?」


 ――ん?


 誰かに声をかけられた気がして晃一は本から顔をあげた。夢中になって本を読んでいたため、声を掛けられたことに気づかなかったようだ。あたりを見回すと、1人の女性がたっていた。エプロンをかけていたその女性は、

 いつ見ても若々しくみえる――店員だった。

 女性は晃一と目があったことを確認すると、再び口を開いた。


「何かお困りですか?」


「いえ……何も」


 「いつも神妙な顔つきをされているので何か悩まれているのかなと」


 彼女は不思議な人だった。実はこのお店では以前から立ち読みしている人は他にもたくさんいた。その店員は毎日誰か1人に声をかけては話し掛けるのだった。どんな会話をしているか分からないが、彼女は彼らに何かをするように頼んでいたような気がする。

 彼らは最初はやはり嫌な顔をしたが、頼みを聞いて戻ってきたときにはどこか満足そうな顔をしているのだ。

 そして、不思議と

 晃一は、ついに自分にも声がかかったかと思うと、身構えてしまう。だが、同時に一体今までどんな話をしていたのか気になった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 




 晃一は本屋から少し離れた、公園にいた。そこは中心の池を囲うように四方八方木々に囲まれ、自然豊かな場所だ。特に秋になると葉は紅く染まり、きれいな紅葉が見られる。

 その公園で晃一は木の付近に落ちている枝を拾っていた――。


「役に立たない枝を探してください」


 その女性は晃一にそのように言ったのだった。

 

 ――役に立たない枝?なんだそれ。

 

 晃一はそのように思ったが、女性に意味を尋ねても、


「とにかく役に立たない枝を探してきてください」


 それしか言わなかった。だが、晃一が動こうとしないと彼女も俺の前から頑なに動かない。これでは落ち着いて本が読めない。それに彼女の表情はどこか感情が読み取ることができず、少し怖い。そのため晃一は彼女に従わざるを得なかった。

 

 ――今まで彼らもこんなことをこの店員さんと話していたのかよ。


 晃一はつい心のなかでそうツッコんだが、知ってしまうとなんともない話だった。


 「分かりました。探してきますよ」


 それなら……公園とかそこら中に落ちている枝を拾ってくるか。

 ここは素直に従っておいたほうがいいな、と思うと晃一は本を元あった本棚に戻すと、木の枝が落ちていそうな公園へと向かったのだった。

 晃一は普段歩いているときに、そこら中に落ちている木の枝を見かけたことはあったが、よく見たことはなかった。

 だがよく見ると意外と面白く、様々な形の枝がある。それらの枝を見るとどのようにして成長してきたのか想像がふくらんだ。最初は嫌々始めた木の枝拾いをいつの間にか夢中になってやっていた。

 気づいたらいっぱいになっていた木の枝を持って、本屋に戻る。彼女は晃一に気がつくと、深々とお辞儀をした。


 「持ってきましたよ」


「ありがとうございます。お待ちしておりました」


 晃一から木の枝を受け取った女性は、その枝すべてを風呂敷に包んだ。

 何に使うんだろう。晃一は当然のようにこのような疑問を持った。晃一の疑問に答えるかのように彼女は、


 「しばらくの間、本をお読みになってお待ち下さい。私は奥の方で作業してまいりますから決して覗かないでくださいね」


 どこかで聞いたことのあるようなことを言い残すと、木の枝が入った風呂敷を持ってお店の奥へと消えていった。

 晃一は先ほどいた本棚の方に戻ると、読みかけの本を手に取る。今まで夢中になって読んでいたはずなのに本の内容が頭に入ってこない。ページを捲る音だけが店内に響いた。

 気になるのだ。彼女が言い残していった、あの言葉が。

 晃一は決してノリが悪いわけではないが、あの言葉――あの言い回しはいわゆる、フリというものだろう。民話では見てはいけない、と言われたのにも関わらず、つい気持ちを抑えられずに見てしまうという話だが、そもそも人の心理というものはダメ、と言われるとつい見たくなってしまうものだ。

 

 「……俺は早く本を読みたいから頼みを聞いたんだ。見に行ったら意味がないじゃないか」


 晃一は無理やりそう思うことで読書を再開しようとするが、いや――と立ち止まった。今まであれだけ本を読みたがっていたのに今はそこまで読みたいと思っていない自分に驚いていた。


 ――そもそも俺は何のためにこの本屋に来ていたんだっけ?


 そう、晃一は三年近く、何もない、彼にはやりたいこともなければ将来の夢もない自分に嫌気がさして何かを探すために本屋に出向いていたのだった。それがいつの間にか本を読むために本屋に来るようになっていた。

 晃一はあの女性――店員に声をかけられて何かが変わってしまった、と感じていた。


 ――決して覗かないでくださいね。


 彼女は確かにそういった。だが、覗かずに本を読んでいては、今までの自分と変わらない。それなら――。

 晃一は覚悟を決めると、本を本棚に戻し、店員が入っていた店の奥へと足を進めたのだった。晃一は高揚感を覚えていた。面白い本を見つけたときもワクワクしたが、それ以上の高揚感だった。簾をくぐると目の前には引き扉が目に入った。ここを開ければ、彼女がいる。彼女はどんな顔をするのだろうか。怒られるのだろうか。だが、晃一はどうでも良かった。扉を開けたらどうなるか――それだけがとにかく知りたかった。

 晃一は好奇心に踊らされるまま、扉に手をかけ、引いた。彼女は晃一をみると笑顔になった。


 「……よくぞ、参られました。晃一様をお待ちしておりましたよ」


 「覗かないでください、と言ったあの約束を破ったから怒られると思っていたが……」


 「そんなことはございません。来てくれると思いました。だってあなたは――」


 「――私のご依頼を受けて頂いた時点で一歩成長されましたから」


 彼女はそう言うと、を机の上に置いた。どの枝も見たことがあるものばかりだった。


 「これは――もしかして……」

 

「ええ、役に立たないと思われたこの枝も集まったことで素晴らしいものに――素晴らしい作品になりました。晃一様が持ってきていただいたものですよ?」


 晃一はそのリースに見とれていた。


 ――俺は今までやりたいこと、将来の夢を探してばかりしていた。だが、自分で動こうとはしなかった。いつもきっかけを待っていたんだ。俺は――。


 「晃一様は随分と悩まれていたように見えましたので……これがきっかけに何かが変われば私も幸いでございます」


 晃一はこの日を堺に本屋には行かなくなった。

 そして今日も女性は本屋の中で迷える人々をずっと待ち続けていた。


 

 

 

 

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KAC20231 「本屋」 心桜 鶉 @shiou0uzura

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