少年探偵ガジェットと本屋の秘密

加藤ゆたか

少年探偵ガジェットと本屋の秘密

 俺は少年探偵・青山一都かずと

 俺には秘密の探偵道具『ガジェット』がある。自慢じゃないが俺はこの『ガジェット』を使っていくつもの難事件を解決に導いてきた。

 そんな俺を人は少年探偵ガジェットと呼ぶ。



「ガジェットくん! 依頼です!」


 ガラガラ!

 一人の少女が事務所の扉を勢いよく開けて入ってきた。

 彼女の名前はラヴ。俺の助手少女だ。


「落ち着け、ラヴ。」


 俺は宿題の手を止めてラヴから依頼書を受け取った。

 学校で宿題をやるなんておかしな話だが、この探偵事務所として使っている小学校の教室で他にやることがないのだから仕方がない。ちなみに今日の漢字の書き取りの宿題は面倒くさくて全然進んでいなかった。


「早く読んでください!」


 ラヴが俺を急かす。

 はぁ。俺はため息をついた。

 ラヴはいつも元気いっぱいで、それはラヴの長所だし好ましくも思っているが、勢い余って暴走しがちなこともある。

 ラヴは俺が依頼書の封を開けるのを今か今かと待っていた。

 はぁ。もう一つため息。

 俺はラヴに急かされながら依頼書の封を開けて中身を確認する。中に入っていたのは水色の綺麗な便せんだった。


「依頼者は……同じクラスの桜井さんか。」

「青山くんにどうしても解決してほしいことがあるの……。」

「え? 桜井さん?」


 いつの間にか、ラヴの後ろには依頼者本人の桜井さんが立っていた。


「あの……、赤川さんから、依頼は手紙で書いてって言われたから書いたんだけど……。」


 桜井さんはラヴの方をチラリと見て言った。赤川愛子あいこ。ラヴの本名だ。

 

「桜井さん。ここではラヴちゃんって呼んでって。」

「あ、うん。……ラヴ……さん?」

「ラヴ、ちゃん。」

「ええ……?」


 ラヴの目は本気である。

 まあ、放課後のラヴは教室とはまったく雰囲気が違うから桜井さんが困惑するのもわかる。

 さて……。

 戸惑っている桜井さんを尻目に俺は依頼書に目を通した。

 依頼書には人探しと書いてあった。

 

「探してほしい人がいる、と?」

「そうなの。」


 桜井さんの頬が少し赤くなったのを俺は見逃さなかった。なるほどね。


「男子だな。」

「え!? 何でわかるんですか!? 桜井さんの好きな人!? もしかしての初恋の結末はいかに!?」

「ちょ、ちょっと! ラヴちゃん、大声出さないで!」


 桜井さんが答えるより先に大声で叫んだラヴを、桜井さんが慌てて押さえた。しかし、顔を真っ赤にして動揺した桜井さんの瞳の先はあちこちに動いている。


「え? 違うんですか、桜井さん?」

「ううん、そうだけど……。」

「やっぱり! それならこれから聞き込みにいきましょう!」

「ま、待って!」


 教室の外に飛び出そうとするラヴを桜井さんが止めるが、勢いの乗ったラヴは止まらない。


「でも、聞き込みは探偵の基本の基本ですよ!」

「ダメ! 秘密にして!」

「ぐぇっ!」


 ついには桜井さんがラヴの首を絞める強硬手段に出たので俺は慌てて止めに入った。


「ストップ! ストップ!」

「あ、危なかったです……。」

「ごめんなさい、ラヴちゃん……。」

 

 二人が落ち着いたところで俺は話を依頼内容に戻した。


「さて、依頼の内容に話を戻すが、探したい相手はもちろんこの学校にはいないんだな?」

「それもわからなくて……。実は——」


 やっと本題に入り、桜井さんはどうして俺たちに依頼をすることになったのかを話しはじめた。


          *


「その男の子の年齢も住んでいるところもわからないということか。」

「……うん。」

「しかも、最後に会ったのは五年前……一年生の時ですか?」

「そうなの。」


 俺とラヴは難しい顔でお互いを見合った。

 そんな小さな頃に会ったきりの男の子を探してほしいという話だったとは。

 桜井さんは手に持った栞を握り締めて言う。


「ずっと忘れてたんだけどね……。この栞を見つけて、記憶が蘇ってきて……。約束も思い出して……。」

「その男の子にもらったんですね?」

「うん。大事にしまってあったの。」

「約束というのは?」

「……大きくなったら一緒にお店をやろうって。」

「お店。」

「……本屋さん。」


 桜井さんの話では、その男の子と会っていたのはまさにその本屋だった。小さい頃の桜井さんは母親に連れられてよくその本屋に行っていたという。男の子は、いつも本屋の軒先に腰掛けて、本を読んでいたそうだ。


「可能性が高いのはその本屋の家の子だな。」

「本屋の子に一緒に本屋をやろうと誘われるって。それってもうプロポーズじゃないですか!?」


 ラヴの言葉にまた桜井さんの顔が赤くなる。

 が、すぐに沈んだ表情に変わって言った。


「……でも、いつの間にかそのお店は無くなってしまったの。」

「それから会ってない、と。」

「近所だったんですか?」

「ううん。学区は隣の学校だったと思う。」

「うーむ。」

「やっぱり難しいかな、青山くん?」

「……いや、俺に解決できない事件はない。」

 

 そう。今こそ俺の秘密の探偵道具、『ガジェット』の出番だ。

 俺はカバンの中身を探った。

 このカバンは俺だけしか使うことができない。

 俺がこのカバンを使う時、中から事件を解決するために必要な『ガジェット』をひとつ取り出すことができるのだ。

 俺はカバンから『ガジェット』を取り出した。


「これって、……傘?」


 カバンの中からは、どう考えてもカバンの大きさよりも長い傘が出てきた。


「あ、わかりました! ほら、これをこうやって立てて、倒せばその男の子のいる方角に倒れるんです!」

「そうなの? すごい!」

「いや、待てラヴ。俺の『ガジェット』がそんな適当な道具なわけないだろ。」

「えー、違いますかね?」


 どこかの未来道具じゃあるまいし……。

 しかし、俺の『ガジェット』は何かしら便利な機能が付いた道具である場合が多い。

 ただし、使い方は自分で考えなければならない。

 俺はカバンから出てきた傘をよく観察した。


「このボタンは何だ……?」


 傘の柄に黄色いボタンがついていたので俺は試しに押してみることにした。

 すると傘が開き、くるりと回転したかと思うと桜井さんの頭の上で止まった。


「青山くん、どういうこと?」


 傘の下で困惑する桜井さん。

 なるほどね。俺は確信を持って同じ傘の下に入る。


 ブッブー!


 案の定、俺が桜井さんと一緒に傘の下に入ったのと同時に、傘は大きな音でブザーを鳴らした。


「俺は桜井さんの初恋の相手じゃないってさ。」

「ええ? もしかして相合い傘?」

「つまり、桜井さんがこの傘を差して回ればいつかは探している男の子に辿り着くということですね!」

「えええ? そんなのいつになるかわからないよ……。」

「確かに。」


 しかし、顔も名前もわからない、まったく相手の手がかりが無い状態と比べれば、正解を教えてくれる手段があるのは大きな違いだ。


「とにかくこの傘を持って、その本屋があった場所に行ってみよう。」

「聞き込みですね!」

「ああ。」


 俺はラヴと桜井さんと共に学校を出た。

 もちろん下校なのでランドセルは背負っていく。


「ちょっと待って二人とも。この傘は差してないとダメなの?」

「いつ、相手と遭遇するかわかりませんから。」

「すまないが桜井さん。その傘を閉じてしまって道具の効果が切れてしまったら困るんだ。」

「えぇ……?」


 秘密の探偵道具『ガジェット』の中には利用回数の制限がある道具もある。


「よし、本屋の会った場所まで案内してくれ。」


 改めて、俺たちは本屋の会った場所に向かった。


          *


「この場所ですか。」

「そう……だと思うんだけど。」


 どうやら桜井さんの幼い頃の記憶も曖昧らしい。

 ラヴが顎に手を置いて一軒家の表札を眺める。

 桜井さんが案内してくれた場所には普通の家が建っていた。


「なんとなくですけど、このチャイムを押して、男の子が出てきたら傘の下に入れれば解決する気がします。」

「そ、そんなことできないよ!」


 桜井さんがまた慌ててラヴに詰め寄ろうとすると、ブッブーと傘が大きなブザーを鳴らした。どうやら傘の下に入ったラヴに反応したらしい。


「はーい。今行きまーす。」


 ふいに、目の前の家の中からその声がした。


「え? もしかして今のブザーの音に?」


 どうやら家の主は傘の音を呼び鈴と勘違いしたようだ。ドアが開いて家の中から出てきたのは、少し年老いたオバサンだった。年齢は俺たちの親よりも高いと思う。もしかしたら祖父母に近いかも。


「あら、何のご用?」


 オバサンが俺たちを見て質問をした。

 慌てるラヴと桜井さんを制して、俺がオバサンに返答をする。


「実はこの街の歴史を調べる宿題があって。昔、この場所に本屋があったと聞いたのですが……。」

「宿題? それは大変ね。でもごめんなさい。私、ここに引っ越してきたのは去年なのよ。」

「そうなんですか。」


 手がかり無しか。俺がオバサンにお礼を言って玄関を後にしようとした時、異様に落胆するラヴと桜井さんを見て何か力になってくれようとしたのか、オバサンが俺たちを引き留めて言った。


「あ、そういえば、あっちの酒屋さんが昔からやっているみたいよ。この街のこと、いろいろ教えてくれるわ、きっと。」

「ありがとうございます!」

 

 俺たちは小学生らしく元気にお礼を言ってその家を後にした。


「まあ、地道に聞き込みしていこうか。」

「そうですねぇ……。絶対すぐ解決だと思ったのに……。」

「ごめんね、青山くん、ラヴちゃん。」

「いや、探偵なんてこんなもんさ。」


 その後、俺たちが酒屋や他のお店にもいろいろ聞き込みをした結果、いくつかのことがわかった。

 ひとつ、本屋は確かにあって谷口さんと言う人がやっていたこと。

 ふたつ、谷口さんは高齢だったのでお店を閉めたこと。

 みっつめ、谷口さんの孫がよく遊びに来ていたこと。


「つまり、そのお孫さんが桜井さんの初恋の彼なんですね!」

「すごい。こんなにいろいろわかるなんて。」


 ラヴと桜井さんは素直に喜んでいるが俺は困ったなと思っていた。さっきの家の表札の名前は当然谷口ではなかったし、谷口さんたちがどこに引っ越したのかは誰も知らなかったのだ。また手がかりが無くなってしまった。


「……いや、これは本当に片っ端から相合い傘を試すしか。」


 悩んでいる俺の顔を見て、さすがにラヴも桜井さんも手がかりが無くなったことに気付いたらしい。

 

「あ、そうか。谷口さんがどこに行ったのかわからないです……。」

「……ごめんね、青山くん、ラヴちゃん。ここまで調べてくれたのに。」

「いや、仕方ないさ。今日はここまでにして、桜井さんさえ良ければまた明日探させてもらえないかな?」

「うん。ありがとう、青山くん。」


 日は暮れて、空は夕焼けに染まっていた。

 桜井さんが『ガジェット』の傘を仕舞う。


「これ、返さないとね。」

「ああ。もしかしたら明日は違う『ガジェット』が出るかもしれないから、可能性はあるよ。」

「そうか。そうだね。」


 桜井さんが俺に『ガジェット』の傘を手渡そうとした時、なぜか不自然に傘が桜井さんの手を離れて、パタリとその場に倒れた。


「まさか……!」


 俺たち三人は顔を見合わせると、その傘が倒れた方向に向かう。

 傘の先には大きな商店街があって、夕方の買い物客で賑わっていた。


「もう一度やりましょう!」


 ラヴが傘を立て再び倒す。

 傘はまた不自然な倒れ方をして、明らかに俺たちに何かを指し示そうとしていた。


「こっちです!」


 そうして傘の指し示す先には、小さな本屋があったのだった。

 谷口書店。


「ここって!」

「もしかして!」


 恐る恐る桜井さんがその真新しい店先を覗くと、そこには中学の制服を着た男の子が店番をしているのだろうか、レジの向こうに座って本を読んでいた。

 

「あっ!」


 ラヴが何か言うより先に桜井さんが店の中で傘を開いて男の子の前に立った。


 ピンポーン!


「あの……、これ……! 憶えてますか!?」


 桜井さんが男の子に栞を差し出した。

 少しの間があって、男の子が口を開いた。


「ああ……もしかして昔、おじいちゃんの店に来てた……?」

「はい!」


          *


 俺とラヴの帰り道。


「結局、今回の傘は私の言った使い方が合ってましたね、ガジェットくん!」

「そうだったな。」

「でも、谷口書店、復活したのが先月だなんて運命みたい。あの二人、うまく行きますかね?」

「どうだろうな。」


 恋の行方ばかりは探偵にもわかりはしない。

 しかし俺はこのカバンから取り出せる不思議な探偵道具『ガジェット』で明日も難事件を解決に導く。


「今回、解決したのは私じゃないですか?」

「んー?」

「ねえ、ガジェットくん?」

「んー……。」

「ねえ、ねえ?」

「……よし、ラヴ! 明日も少年探偵、出動だ!」

「ごまかしてないですか!?」

 

 ――おわり。

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