えんぴつロマンチカ
凪司工房
えんぴつ
いつも鉛筆を小さくなるまで使っている同級生の少女がいた。彼女の家は商店街にある小さな文具店で、ぼくはいつもそこで鉛筆を買うのを密かな楽しみにしていた。
けれど小学校ではシャーペン派が幅を効かせていて、特に鉛筆を使うような指導もなかったので、学年が上がる毎に鉛筆派は減り、小学六年の時にはぼくと彼女だけが鉛筆を使うようになっていた。
その彼女も中学に入ると遂に鉛筆を捨ててしまう。シャーペンの芯を出すのを楽しんでいる様子を目にして、ぼくはよく分からない敗北感を覚えた。後にそれは失恋と呼ぶのだと理解したのだけれど、この時はまだよく分からないこの気持ちが恋だとは知らなかったのだ。
それでもぼくは鉛筆を使い続けた。唯一の鉛筆派と言ってよかったぼくは美術部員として鉛筆によるスケッチを幾つも描いた。賞も貰った。鉛筆の力を見せようと彼女の絵を描き、プレゼントをした。けれど彼女が一番喜んだのはぼくの手書きのスケッチではなく、タブレット端末に大きく映し出されたデジタル彩色された彼女のイラストだった。
時代はいつだって、新しいものを求める。
やがて彼女とは別の学校に進み、ぼくも地方の大学で一人暮らしをするようになり、噂すら手に入らなくなった。大学三年の秋に一度帰省した際に彼女の親がやっていた文具店が潰れた、という話を聞いた程度だ。
社会に出るとますます鉛筆の活躍の場は失われてしまった。勤めていた浄水器メーカーでは営業仲間に今時鉛筆で手帳にメモしてる奴なんて希少価値だと笑われた。
結局十年勤めた会社を辞め、地元に帰った僕は地域振興の助成金を使って寂れた商店街に一軒の文具店を開いた。そこで「自作鉛筆教室」なるものを定期的に開催し、十人程度ではあるけれど、毎回ああでもないこうでもないと子どもたちと騒ぎながら、拾い集めた木の枝を削ってそこにドリルで穴を開け、芯を差し込んだ「マイ鉛筆」を作ってもらいながら、鉛筆というものに親しんでもらっている。
「あの、こちらで自作鉛筆教室があると聞いたのですが」
「ええ。次は今週の土曜日ですね」
店のドアを開けた女性は、小さな子どもの手を引いていたが、あの頃、小さくなるまで鉛筆を使い続けたあの子に、よく似ていた。(了)
えんぴつロマンチカ 凪司工房 @nagi_nt
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