始まらない物語

かなぶん

始まらない物語

 その本屋で出会った二人は必ず結ばれる――

 初耳だった近所の本屋の噂話。

 これを小耳に挟んだ相坂あいさか絵里えりは早速、友人の池内いけうち織恵おりえへ披露した。

 日頃、「どっかにイケメン落ちていないかなー」等など、恋愛に飢えている彼女ならば、喜んで話に乗っかってくると思ったのだ。内容にしても、真偽を追うものでもなし、日々のちょっとした息抜きには丁度良い話題だろう。

 しかし、夕暮れに染まる公園の中で噂話を聞いた織恵の反応は、絵里の考えていたものとは違っていた。「ああ、知ってる知ってる」か、「え、何それ?」の二択だけかと思いきや、

「あれ? 言ってなかったっけ? その噂、私が作ったって」

「は? 作ったって……なんで?」

 噂話以上に初耳だった出所。

 意味が分らず聞いたなら、織恵は急に真面目な顔を作って言う。

「ほら、最近本屋って少なくなってるって言うじゃない? 理由は色々だけど、とりあえず一番は人が来ないとかなんとか。でさ、ここに来る途中に本屋あるでしょ? 私としては、あそこには潰れて欲しくないと思ったのよ。だから」

「作ったって?」

「そう。まあ、暇つぶしついでって言うか、面白半分、冗談のつもりで。だから、あんたにも言ってた気がしてたんだけど……まさか、広まり具合を聞かされることになんてね。……ヤバいかな? ほら、怖い系の話とかだと、噂が本当になって大変なことになるってパターンあるじゃない?」

「そんなこと聞かれても」

 正直、初耳ばかりで消化しきれていない。

 それでも少しばかり心配を覗かせる織恵に、絵里は首を振って答えた。

「まあ、大丈夫じゃない? だって、私が噂を聞いたのは今日だけどさ、あの本屋の客、人数とか大して変わってなさそうだし。いや、そもそも学生が使う道なんだから、潰れる心配もいらないと思うけど」

「あ、それはテキトーに噂ばら撒いた後で思った。必要なかったかもって。でもほら、たとえ二、三人でも、今更あの噂は私が作りました、なんて言えなくてさ」

「でもって、ここまで広まったら余計、と」

「うん」

 夕暮れ特有の肌寒い風が吹いた。

 なんとなく感じる居心地の悪さに震える二人。

 これを払うように絵里は言った。

「ま、まあ、どうせ素人発の噂でしょ。悪い内容でもないし、効き目があるわけでもないんだから、その内聞かなくなるって」

「なんか、悪意ない?」

「ないない。だって私ら、普通の女子高生……なんだ、から……?」

 不意に絵里の目が一点に釘づけになる。

 これに気づき、追った織恵の目も同様に。

 二人の女子高生、その二対の目を縫いつけた相手は、揃う視線に怖じ気づく様子もなく、艶やかな錦織の着物姿で大股に近づいてくる。着物に負けない美貌も相まった迫力に、知らずのけぞる二人。

 大和撫子と言われて思い浮かべる姿そのままのくせに、怒りも露わに睨みつけてくるその娘は、二人の前でピタリ止まると、ビシッと指を突きつけてきた。

「こんな近場でぽっと出のくせに縁結びとか、商売あがったりなんですけどっ!?」

「「はい?」」

(な、何、この人……?)

 揃った声に互いを見、同じことを心の中で問う二人。

 答えは大和撫子からやってきた。

「私はこの近くのお社に住まう者です! 先ほどから聞いていましたら、ねえ! なんてことしてくれたんですかっ!」

「「は、はあ……」」

(何が?)

「ですから、縁結びですよ、縁結び! 変な噂が立っているのではないかと疑っていましたが、それがまさか、ただのお遊びだったなんて!!」

 二人とは対照的に一人激昂するばかりの大和撫子。

 しばらく呆気に取られる一方の絵里だったが、そこではたと妙なことに気づく。

(んん? 待って、この人、なんか話のタイミングおかしくない? 私たち、何も言っていないのに、まるで心を読んでいるみたいに――)

 そう思えば、

「みたいではなく読んでいる、いえ、聞いていますよ、もちろん。なにせ私はこの近くのお社に住まう、霊験あらたかな――」

「「いやー!! ごめんなさいー!!」」

「ちょっ!?」

 大和撫子の話を最後まで聞かず、逃げ出す二人。

 それは彼女の話を信じたからというよりも、その場の勢いとノリのようなもの。


 以降、着物姿の不審者が出るという話が、しばらくの間、二人の通う学校にも届いたとか、届かなかったとか。

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始まらない物語 かなぶん @kana_bunbun

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