オーダーメイド本屋

星野光留

オーダーメイド本屋 前編

 私は街中の本屋を前に、ふと足を止めた。

 外装は木造。古めかしい雰囲気で、民家にすら見えるこじんまりとした本屋だ。


 扉の脇に置いてあった、カフェの屋外でよく見るような立て型の黒板看板。そこに書いてある文字に、私は目を奪われた。


『オーダーメイドサービス! 貴方のための物語を、当店自慢の作家が執筆いたします』


「ほほーぅ?」


 オーダーメイド。しかも物語のオーダーメイドときた。靴や雑貨ならまだしも、これは聞いた事がない。面白そうではある……のだが。

 私はこれでも読書家の端くれで、一時期は書いていたこともあるから分かる。正直、これは博打だ。

 出版社から商業で売り出されている本は一定のクオリティが補償されているが、この作家は分からない。彼らの腕によっては、とんでもない時間とお金の無駄になりうることがある。


「でもな…………」


 私はしばらく悩んだ後、意を決して扉に手をかけた。


 そっと扉を開け、様子を伺う。

 店内はそこまで広くない。壁一面に並ぶ本棚が、さらに室内を狭めている印象だ。ダークブラウンのフローリングと、やや暗めの照明。『本屋』よりも、『書庫』と言った方がこの店には合うだろうか。


 店内に入り、重厚感のある扉を閉めると、外の喧騒が嘘のように薄れる。

 紙とインクの匂いなのだろう、あの名状しがたい書店独特の匂いと、ホコリっぽい匂いとが立ち込めている。そんな、落ち着くというよりは陰鬱で重苦しいような匂いの中に、うっすらとヒノキの香りが鼻に抜けたような気がした。これは木造だからか。


「……ふふ」


 こういった、静かで、どこか薄暗い本屋は好きだ。ゆっくり歩いて見て回ることにしよう。


 歩きながら物色すると、段々と品揃えが分かってくる。漫画や雑誌の類いは見当たらないが、小説に関してはかなりの冊数だ。近年入賞した作品や、今話題のベストセラー、時が経ったとしても色褪せない西洋文学。ハリーポッター全巻セットなどの大長編から短編作家O・ヘンリーの短編集まで、長さも様々。


 本屋としては凄く良い。夢のような場所だ。

 時間が許すなら週五で通いたいぐらいには。


「……はっ?!」


 違う。オーダーメイドについて聞かなくては。

 物色の際に見かけた店員さんを探して……見つけた。


「あ、すみませーん」


 私が呼びかけると、「はぁい〜!」という小気味よい声とともに、店員さんが近くにやってきた。

 少し色褪せた、デニム生地のエプロンを着ている。若い青年。年は二十代前半くらいだろうか。黒縁の四角メガネをかけて、見るからに書店員ですと言わんばかりの見た目だ。


「いらっしゃいませ〜」


「どうも。オーダーメイドの看板を見て来ました」


「おおっ、ご興味ありますか! ありがとうございますー。 当店自慢のサービスですからね! プランの説明をしましょうか?」


「いえ、今日は様子見なので」


「そうですか! それでは、あっち側の本棚にある、オーダーメイドのサンプルをご覧になったら良いと思いますよ。あれはあれで面白いので」


「ふんふん。良いですね。一応お値段だけ聞いておこうかな。どんな感じです?」


「お値段は一律、税込十万円です」


 えっ。


 ……聞き間違いかもしれない。

 しばしの間を置いて、もう一度聞いてみる。


「えっ………とぉ……今なんて?」


「? お値段は一律、税込十万円です」


 私は少し迷ったけれど、素直な感想を言うことにした。


「あのー、客の私がこう言っちゃ良くないかもしれませんけど、高くないですか?」


「あはは、そう思うのが普通ですよねぇ」


 渋い顔をされると思ったのだけど、値段が高いという指摘は慣れているみたいだ。それどころか、ニンマリと笑っている。ちょっと怖い。

 私が若干引いているのには気づいていないのか、店員さんは目を爛々と輝かせて畳み掛けてくる。


「でもでも! ご安心下さぁい! 初回のお客様に限って〜〜、なんとっ!! 満足いただけなかった場合は、全額返金させていただくことになってるんですよ! もうこれは試すしかない! そうでしょう?!」


 深夜のショッピング番組のような推しの強さ。

 それに加えてじりじりと近くなる物理的距離。

 私は思わず気圧された。


「あの、ち、近いです。距離が。あと声が大きい」


「あぁ……すいません、つい熱が入って」


「まぁまぁ、まずはサンプルを読んでみて下さいよ。なんなら、毎日ここに来て、サンプルを全部立ち読みし終わってから決めてもダイジョブですし。実際そんな感じのお客さんもいましたし」


 そこまで言うなら……と、私はサンプルを読んでみることにした。


 そして、驚愕することとなった。


「え、凄っ……なにこれ……」


 店員さんの話し方や、聞いた情報から、オーダーメイドの品質には相当に自信があることは分かっていた。それに加えて、この面白さ。確かに、これなら胸を張って売れるかもしれない。


 しかし……引っかかることがある。


 これは、上品で、美しくて、読んだら幸せな気持ちになれるんだろうなと思える、素晴らしい恋愛物語だった。それなのに、なにか足りないような気がする。感情的になれなかった。あんなに綺麗で良い物語だったのに、一体どうして……?

 理論上では最高の品質。だからこそ、感情的になることができないのが逆に不思議である……。


「あっ」


 私は程なくして、『それ』を見つけた。

 そして、理解した。この物語はきっと、合わなかったんだ。


 もう一度読み返してみる。ページの最後の方にあった『それ』は、注文者のプロフィールと作者のコメントで、それぞれでページが埋まってしまう程、かなり詳細に書かれてあった。

 注文者は二十八歳の女性。今までずっとバリバリ働いていたせいで、恋の良さが分からないとの悩み。作者のコメント……分かりやすい構成と、王道な展開を選びました。また、自分に合った人に出会うと、どこまで幸せになれるのかをテーマに……なるほど。


 私は、本を戻そうとして、


「ん?」


 本棚に本ではない、ファイルが置かれているのを見つけた。背表紙には『オーダーメイド小説 感想シート コピー版』とある。


「ほほー。どれどれ」


 なんの気なしにパラパラとめくり、目についたものを片端から眺める……。と。


 私は二度目の驚愕に見舞われた。

 あれも、これも、どれもが絶賛の嵐だ。読んですぐに感想を書きたくなったのだろうか、まるで殴り書きのような感想シートさえある。


 もし……もしも、これと同じ満足が、私も得られるのだとしたら。


 これ以上の幸福は無いだろう。



 ***



「オーダーメイド、注文したいのですが」


 後日、私は店に入るなり店員さんを呼んで言った。


「ありがとうございます! こちらへどうぞ!」


 待ってましたと言わんばかりの、満面の笑みを湛えた店員さんに連れられ、私はオーダーメイドの物語を注文をすることとなった。

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