母から子へ

三咲みき

母から子へ

 私の母は厳しい人だった。


 漫画やアニメはダメ。ゲームなんてもってのほか。夕方の5時までに家に帰らないといけない。夜8時以降のテレビは禁止。


 色んなものが制限された暮らしは窮屈で仕方がなかった。友だちの話についていけないことが、たまらなく悲しかった。


 だけど、厳しい母が唯一許してくれたことがある。私の青春のすべてだったもの。


 それが本だ。


 毎週土曜日、母は2駅先の少し大きな本屋さんに連れて行ってくれた。そこで好きなだけ本を買ってくれた。一度の買い物で5千円を超えたときもあったと思う。でも母は、嫌な顔ひとつせずに買ってくれた。


 一度だけどうしてこんなに本を買ってくれるのか、聞いたことがある。


 母はこう言った。


『本はそのときでしか感じられないことがある。そのときに出会うからこそ、響く言葉がある。伝わる想いがある。だから大人になる前に、色んな世界を見てほしいの。色んなことを感じてほしい』


 私の子ども時代は、確かに窮屈だった。友だちが読んでいた少女漫画も読みたかったし、みんなが夢中で遊んでいたRPGもやりたかった。


 でも子どもの頃にたくさん本を読んで、色々な世界を冒険したこと、色々な登場人物の心情に触れたことは、決して無駄ではなかった。


 『そのときでしか感じられないことがある』という母の言葉は本当だった。


「お母さん、これほしい」


 7歳の娘が1冊の児童書を持って、駆け寄ってきた。その本は自分が子どもの頃に読んでいた本だった。


「いいよ」


 私は自分が持っていたカゴを差し出した。そこにはすでに何冊かの本が入っている。娘はそこに持っていた本を入れると、また違う本棚へ駆け寄っていった。


 ここは子どものころに訪れていた本屋ではない。店内に並んでいる本も、店員もお客さんも、あの頃とはもちろん違う。


 でも娘とここへ来るたびに、母に連れられて本屋に来た遠い日々のことが思い出されるのだ。

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母から子へ 三咲みき @misakimaru

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