花と団子と。

だずん

花と団子と。

 私は花織かおりと一緒に京都のとある梅園に来ている。


 花織とは最近付き合い始めるようになって、今回のデートはまだ3回目。

 私も花織も大学は別だけど京都の大学に通っていて、二人とも京都に住んでいる。だから京都観光は簡単にできて、デート先としてもうってつけだ。

 今回は花織がせっかく梅の季節だからってことで、この梅園がデート先に選ばれた。


「ねえ、愛衣あい


 梅園に入ったことで視界が開け、白やピンク色をした梅の花がたくさん咲いているのが把握できたところで私の名前が呼ばれる。


「どうしたの?」

「この梅すっごく綺麗だよね! 梅で埋め尽くされてて、もうなんて言えばいいのか……」

「うん、きれいー」


 ……正直に言うと、本当は花織ほどこの梅を綺麗だとは思えない。いや、綺麗なんだけど「綺麗だね」で感想が終わってしまう。だって白やピンクの花形の形を見ているだけだし……。別に悪いとは思わないけど。


「えー!? もっと感想無いのー?」

「いやだって、ほんとにそれしか感想が出てこなくて……」

「そっか……。あ、でもこれとかならどう? すごく赤よりのピンクって感じで目立つ感じだし、愛衣でもいいと思うんじゃない?」


 そう言って花織は近くにあったその梅に手をやる。


 うーん。ただ単に色が強いだけで何か良さを感じるかと言われれば、感じない。

 私は嘘が苦手だから正直に答えてしまう。


「いや……そうかなぁ……?」

「あー、うん。そっか……」


 なんだかとても気まずい空気になってしまった気がする。こうなるのはわかってるのに嘘が付けないのは、ほんと良くないよね……。

 私が好きなものなら嘘をつかなくてもいいのに。


 そんなことを考えていると絶好のタイミングで茶屋が見えた。


「あ、あそこに茶屋があるよ。せっかくだから、あそこで座って食べながら見てみない?」

「まあ、いいけど」



 というわけで茶屋に向かった私たち。

 茶屋で三色団子とお茶を受け取り、茶屋特有の赤い布で覆われた低くて広い椅子に座る。


 お茶を見ると緑茶にしては色が薄く見える。何か特別なお茶なのだろうか?

 私はそれにすごく興味が湧くけれども、花織はお茶にもお団子にも見向きもせず、ただただ梅を見るばかり。それにさっきから会話という会話もできてないし。


 このお茶をきっかけに会話できたらいいんだけどな……。


「ねえ花織、このお茶ちょっと変わってるよねー。緑茶にしては白っぽいし」


 そう話しかけて、初めてこっちを見る花織。


「ん? 確かに」

「どんな味がするんだろうねー?」

「飲んでみたら?」


 ちょっと素っ気ない返事で心がしおれる。

 だけど飲む以外に選択肢も無いのでそのお茶を飲む。


 しょっぱい。でもおいしい。これはあれかな? 梅昆布茶うめこぶちゃってやつ。

 梅の風味とほのかに感じる昆布の旨味。そこに塩味えんみが加わって格別なおいしさになっている。梅昆布茶の存在は知ってたけどまさかこんなにおいしいものとは思っていなかった……。きっと花織もこの良さをわかってくれるはず。


「梅昆布茶だよこれ! すごくおいしいし、こんなの飲んだことない! 花織も飲んでみてよ!」

「そんなにいいの? それだったら飲んでみようかな……」


 花織がお茶に口を付ける。


「しょっぱいね」

「うん……それだけ?」

「うん、なんかごめん」

「いや、でももしかしたらお団子と一緒に食べたらおいしいかもしれないじゃん? 食べてみよ?」

「うん……」


 そう言って私たちはお団子を食べる。

 ほのかながらもしっかりとした甘さが口の中に広がる。これは梅昆布茶にも合いそうだ。

 梅昆布茶も飲むとやっぱり甘いのとしょっぱいのが混ざって、とても合っている。


 でも花織はどう思ってるんだろう……。心配になりながら花織の反応を待つ。


「団子は甘いね」


 それだけ? って言うのは良くない気がしたから他の質問をする。


「梅昆布茶と合わせたらどうだった?」

「甘いのがしょっぱいので流されたって感じ……?」


 そうなるよね……。


 自分の好きなものを一緒に感じられないから、期待外れになってしまってがっくりしてしまう。ほんとはこんなデートをしたいわけじゃないのに。


 どうしたらいいんだろう……。


 もっとこう、別の観点からどうにかできないだろうか。きっと共感しようとするから上手くいかないのであって、そうじゃない方法ならうまくいく方法があるはず。最初から嘘をついて「いいよねー!」って頷くのもひとつの方法なんだけど、そしたら私の心が辛くなる。これからもずっと嘘を付き続けることになるわけだし。


 だから私は考える。


 私が共感できない内容を、嘘を付かずに話しても相手が嬉しくなるような、そんな方法を。




「えっと、さっきはごめんね」

「ううん。だって、愛衣がそんなに梅の花を綺麗に思えないのは本心なんだからしょうがないよ」

「いや、そうなんだけどね。確かに私はちょっと綺麗だなってくらいしか思えないんだけど。でも、花織がこれを綺麗だと思う理由とか、どのくらい綺麗だと思うのかとか、そういうことならいっぱい知りたくて……」


 これが私の答え。

 でも自信はない。

 既に悪い空気が流れてるから、これも嘘だと思われて嫌われるかもしれないと考えると怖くてたまらない。


「うん。そっか」


 そう言って花織は私を見る。

 さっきよりも優しい笑顔になっていて、ちょっと安心する。


「えっとね、例えばあの白い梅なんかはね、もこもこっとしてて可愛いし、薄いピンクの梅は白に少しだけピンクが乗ることによる僅かな混じり気があって、梅の色に染められてるって感じがして良いし、ビビットカラーなピンクの梅はすごく主張が激しくて、まるで私だけを見て! っていう思いが見えるようで、とにかくどの梅も見てるだけで綺麗だし楽しいし、物語すら感じて……」


 そう語る花織はすごく生き生きとして楽しそう。

 なんだかその姿を見てるだけで、私まで楽しくなっちゃう。

 それに、花織がこんなふうに梅を見てるだなんて想像すらしてなかったから、びっくり。でも、花織のことが知れたのはすごく嬉しい。


「へー! すごいね! そんなふうに私は思えないや。でも、そういった見方ができる花織は素敵だね。すっごく楽しそうに喋ってたから、こっちまで嬉しくなっちゃうよ」

「そう? ならよかったー! えっと、私も聞いていい?」


 もしかして。


「梅昆布茶。おいしかったんだよね? 私はよくわかんなかったけど。どう思ったのー?」


 もうそんなのたくさん喋っちゃえる。


「えっとね、まず梅の風味と……」


 私はさっき思ったことをそのまま言う。


「へー! そんなふうに感じるんだ! すごいすごい! ねえ、これからもお互いにこうやって、共感できなくても感想を言い合わない? その方が上手くいく気がするの!」


 私もそう思う。

 きっと共感することも大事なんだろうけども、共感できなくとも、もっと相手に興味を持って、自分には無い『魅力を感じる能力』を共有することだってできるはずだ。これからも。


「うん。ねえ、花織」

「なにー?」

「ありがとね」

「えへへー、何改まって言ってるの。こっちこそ。なんかね、変な空気になっちゃてもどうしたらいいか考えてくれた愛衣のこと、もっと好きになっちゃたかも」


 もっと好きって。嬉しいけどちゃんと言って欲しい。

 でも花織は逆なのかもしれない。

 こここそさっき学んだことを活かす場面だ。


「ありがとー。もしかして花織はこんなふうに軽いノリで好きって言われた方が好き? 好きだよ好き好きー」


 花織が顔を赤らめる。


「えっと……。その方がいいかも……。なんかね、私ってあんまり真剣に好きって言われても受け止めきれないというか。失礼かもしれないけど、本当なのかな? なんて思っちゃって。だから、普段の会話とかに出てくる好きの方が本心なんだなって思えてちょっとドキッとしちゃうの」


 なんと。本当だった……。私には無い感覚だから不思議だ。

 でも、それなら……。


「なるほどねー。花織ってばそういう感性してたんだー。そういう花織も好きだなー」

「もー! ドキドキしちゃうじゃないの! いや、嬉しいけども……。それはそうと、そういう愛衣はどうなの!?」

「私はもっと真剣に言って欲しいタイプかな」

「真剣って?」

「他の混じり気の無い、純粋な好意というか」

「その方がどうしていいのかな?」

「んー、変に疑りとかしないからとかかな? 人を簡単に信用しちゃうってことでもあるんだけども」

「へー! いいねそれ! そういうところも好きかも! あ、違った。そうじゃなくて」

「うん」


 私の心臓は期待で既に大きく脈打っている。

 ドキドキ。ドキドキ。


 今か今かと思うも、なかなかその瞬間は来ない。

 花織の赤い顔がこっちを向けずにあわあわとしている。


「あの、えっとですね」

「うん」

「好き……です……」


 とびきりの好きを聞けた私は、もう何物にも代えられない嬉しさに満ち溢れて。


 愛しい、愛しい花織を、私のもとに抱き寄せた。

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花と団子と。 だずん @dazun

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