魔女の本屋さん~読書も程々はWin-Winだけど、過ぎれば身体に毒ですよ?~

弥生ちえ

第1話 その本屋は細々と営業中

 カランカランと軽やかにドアベルが鳴って、うつむき加減に白いトレーナー姿の青年が入ってきた。


「いらっしゃーい」

「……ぅす」


 私よりもずっと年下のオトコノコだ。キョトンと丸い目でこっちを見てか~わい~。


「本屋……ですよね?」

「そうね。お好きな本をどうぞ?」


 なんならレジカウンター前にでも座りますか?と付け加えてみたら、もっと大きく目が開いちゃった。


「カウンターは冗談だけど、棚の端のスツールはご自由にどうぞ?色々試してみて?」


 さて、今日のお客様第一号のオトコノコが手に取る本はどれかしら?


「……」


 ふんふん、一際派手で細かい文字が並ぶ背表紙の前。あれはラノベコーナーね。あそこはいつも盛況ねー。ま、流行りで何人も手に取ってるから安全牌よね。


 あ、あ、あ……そんな何冊も手にとって次から次に捲っていったら大変なことになるのに。


「これ……ください」


 言わんこっちゃないわ。なんだかぐったりしてるし。手に持ってるのはラノベが3冊、その前の立ち見を混ぜれば10冊以上目にすることになるのかしら。こちら側としては有り難いけど、ちょっとこの子が心配ね。


「一気読みはお勧めしないわよ?」




カランカラン


 あらまた一人、文字に魅入られたお客様ね。


「……」

「いらっしゃーい」


 今度は年嵩の、いかにも物知り風の紳士さんね。文学書や専門書はどうですか?お勧めしますよ~なんて声を掛けちゃ怪しまれるわよね。


 ほら、本も期待してざわついてるわ。


「僕は古くからここいら辺に住んでるんだが、この書店には……久々に来るんだ」


 声だけが聞こえるけど、紳士さんはどこかしら?方向的には専門書?あの辺りは飢えてるから、適当なところで切り上げさせてあげないと!

 はたきはどこかしら?


「僕は物書きを志していたんだけど、昔からここへ来ては色々読んでたね」


 おや?昔から?そう言えばあの顔に見覚えがあるわ。


「若い頃はそれこそ、資料とばかりに軽い読み物ばかり手に取っていたんだが色々読んでいるうちに、自信も情熱も薄れていってね」

「きっと読みすぎたんですね」


 話しながら飢えた専門書たちをはたきで制するのって大変ね。けどやっぱりこの紳士、若い頃の面影が残ってるわ。


「私のこと覚えていますか?立ち読みはほどほどにって何度も言いましたね」

「ーー!」



カランカラン


 あんなに慌てて出ていくこと無いのに。別にとって食いやしないんだけど。

 食べられるのは、意欲と発想力。

 食べるのは本たち。


 本は、読み手を満たすだけでなく、本自身も満たされるWin-Winの関係性。


 だから読みすぎは程ほどに。


 本屋の魔女からの忠告でした。

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