第12話 永遠はそこにあるか? N
邪神エイブモズ。
かつて世界に多くの死をもたらした邪神。
そんな邪神が封印された地下迷宮の最深部にフィリアとコデスは辿り着く。
幽霊ですら近寄る事を拒む一室に踏み入ったフィリアとコデスが見たものとは……。
「…………。」
【…………死んでるのか?】
地面に伏せるように横たわる、大きな生物の骨であった。
巨大な獣の骨のようにも見え、翼のような骨もあり、足は四本に収まらず、何の部位なのか分からない骨もある異形の生物。それを繋いでいたと思われる鎖は既に朽ち果ててボロボロになっていた。
コデスが先に骨へと近寄り手を添える。巨大なアンデッドモンスターの可能性も疑ったが、骨はぴくりとも動かない。そして、アンデッドの気配も感じ取れない。
【ただの死体だ。】
コデスはそう結論づけた。
これが邪神エイブモズと呼ばれる存在なのかは分からない。
しかし、迷宮の幽霊が恐れていたという存在は、白骨化する程の昔にとうに死んでいたのだ。
強大な神との対峙を覚悟していたコデスはほっと胸を撫で下ろす。
【拍子抜けだな。封印されたまま死んだという所だろうか。】
そんな予想をしながらまだ部屋の入口の方に立ち尽くしていているフィリアを見る。
きっと喜ぶのだろう。コデスはそう考えていたのだが……。
「…………。」
フィリアは呆然としていた。
【……おい。どうした?】
コデスの呼び掛けにも答えない。
ただ、信じられないものを見たように目を見開いて口を半開きにしている。
やがて、フィリアはふらりと何かに誘われるように一歩を踏み出す。
ふらふらと、ひたひたと、ゆっくり巨大な白骨へと歩み寄る。
そして、目の前まで辿り着くと小さな手のひらを骨に触れた。
「…………。」
フィリアは未だに口を開かない。
その傍らでコデスは黙って様子を窺う。
(どうしたんだ一体。もっと喜ぶのかと思ったが。)
フィリアは骨の感触を確かめるようにすっと手を滑らせる。
呆然としていた表情が僅かに動く。
本当に僅かしか動かない、感情を殆ど感じ取れない表情だったが、コデスにはどこか今にも泣き出しそうな顔に見えた。
「……神さまですら……死んでしまうんですね。」
ようやくぽつりと紡がれた言葉。
ただならぬ雰囲気に黙って居たコデスは、そこでようやく声を掛ける事ができた。
【これは邪神とやらなのか?】
「それは分からないです。ただ、ここに封じられていたものではあるんでしょう。」
結局、邪神エイブモズの存在は確認できなかった。
【残念だったな。邪神とやらに出会えなくて。】
「え?」
フィリアがコデスの方を見上げる。
意外そうな顔をしているのは何に対してなのか。
コデスは【クク。】と少しだけからかうように笑いを零して付け加える。
【それとも、嬉しかったか? 見た事もない死体にお目にかかれて。】
そう言われてから、フィリアはハッとしたようだった。
たちまち笑顔を取り戻す。先程までの呆けた顔に貼り付けたような笑顔であった。
「そうですね。こんなに立派な骨にお目にかかれて幸せです。」
取り繕うように答えるフィリア。
その誤魔化しが更にコデスに違和感を与えた。
【残念そうだな。エイブモズが死んでいて。】
先程フィリアが口にした言葉。
神さまですら死んでしまうんですね。
まるで、神さまの死を惜しむような言葉が
コデスは続けて尋ねる。
【エイブモズと会いたかったんだろう? 会って何がしたかったんだ?】
歯に衣着せぬ真っ直ぐな質問。
笑顔が次第に引き攣ってくるフィリアに、コデスは追い討ちをかけるように付け加える。
【貴様は嘘が嫌いなんだよな?】
フィリアは嘘が嫌いだ。人間は嘘を吐くから嫌いだと言った。
貴様自身は嘘を吐かないのだろう?
そんな釘を刺すような言葉で、口を開きかけたフィリアはぐっと唇を閉ざした。
言いたくない事情があるのは明らかだった。
しかし、コデスは続けて尋ねる。
【貴様の答えに興味がある。これじゃ駄目か?】
フィリアがコデスに言ったことである。
もしもコデスがフィリアに興味を持ったのであれば、フィリアは自身の秘密を話していくという。
コデスは今、本心からフィリアに興味を持っている。
あの時の約束を思い出し、フィリアはほんの少し辛そうな顔をした後、困った様に苦笑した。
「コデスさんはやっぱり意地悪ですね。」
【そりゃモンスターだからな。】
「ふふ。分かりましたよ。話します。」
フィリアは観念した様に、その場に膝を抱えて座り込む。
コデスもまた、フィリアの横にどかっと胡座をかいた。
「死体が好きなのは本当です。エイブモズの死体に出会えて嬉しい気持ちは本当です。」
【ならどうして……。】
「でも、エイブモズに出会えなかったこと。エイブモズが死んでしまった事が残念であるという気持ちも本当です。」
【……どういう意味だ?】
フィリアは膝に顎を乗せて、ぼんやりとした表情で語る。
「私はエイブモズに会いたかったです。神さまに会いたかったです。理由はたくさんあります。多分聞くのも面倒になるくらいに。」
【生憎時間は持て余していてな。別に手間を取られる事は気にしてない。】
退屈な話だろうというフィリアの話に、コデスは耳を傾けるつもりでいる。
それはコデスの優しさか、それとも単なる暇潰しか。
骨に皮を張り付けただけの無表情からは読み取れなかったが、フィリアはそれを優しさと捉えて素直に騙る事にした。
「神さまという凄い存在が、永い時を経て未だに生きているところを見てみたかったんです。」
【貴様は"死"が好きだったんじゃないのか?】
「勿論好きです。恋い焦がれています。これは本当の本当です。」
フィリアの言っている事が良く分からないコデスであったが、その言葉に嘘があるようには思えなかった。余計な茶々を入れずにそのまま本心として聞き入れる。
「でも、神さまは死んでしまってました。だから残念です。そしてほんの少し嬉しいです。」
【……"嬉しい"というのは死体に出会えた事がか?】
「それもありますが、神さまですら死んでしまう事が悲しくて、神さまでも死ねることには希望を感じたんです。」
【……矛盾してないか?】
「そう思いますか?」
フィリアは顔を傾けて、コデスに対して微笑んだ。
「"永遠"はあると思いますか?」
唐突にフィリアはコデスに問い掛ける。
あまりにも突然の質問に、コデスは面食らったように口をぱかりと開いたが、しばらく考えた後に口を閉じる。
【そんなものはない。】
コデスは答えた。
【全ての生は死に向かう。死んだものは土に還る。始まりがあれば終わりがある。永遠などというものは存在しない。】
フィリアの瞳が揺れる。
口元から一瞬笑みが消えた。
しかし、すぐに笑みを戻してフィリアは尋ねる。
「コデスさんも死ぬんですか?」
【我はもう死んでいる……というのは置いておく。死の王という存在が、いずれ終わりを迎えるかについては……まぁ、終わるのだろう。今のところ終わりは見えてこないが。】
フィリアは更に尋ねる。
「コデスさんは終わりたいんですか?」
【終わりたい訳がないだろう。しかし、意地でも続けたいとも思わない。】
「どうして?」
【我には終わりたい理由も、存在したい理由もないからだ。存在してしまったから、存在しているだけだからだ。】
コデスは気付いた頃から死の王というアンデッドとして存在していた。
何か目的がある訳でもなく、存在してしまったから、流されるままに活動してきた。
終わるべき時が来たら終わりを受け入れるのだろう。しかし、自ら終わりに向かうような意思もない。
ただ、流されるままに。存在してしまったから存在しているだけなのだ。
そんなコデスの考えを聞かされたフィリアは抱えた膝に顔を伏せる。
そして、顔を伏せたままに言葉を紡ぐ。
「……長生きして下さいね。コデスさんが居なくなったら寂しいので。」
【もう死んでるんだが……。】
コデスはこりこりとこめかみの辺りを掻くように擦る。
【……だったらそう命令しろ。】
「……命令?」
【貴様は我の主人であろう。】
「……恋人です。」
【それは違うだろ。】
「……まだ進展してないんですね。」
【進展する要素が何処に……いや、そういう話じゃなくてだな。】
流されそうになったコデスは改めて言い直す。
【主人として命令しろ。貴様が我が長く在り続ける理由になれ。さすれば我も極力消えぬ努力はしよう。】
コデスには存在し続ける理由がない。
故に存在し続ける事に無頓着である。
だが、逆に言えば理由があれば、存在し続ける事を拒む事もない。
フィリアは
恋人……ではなくお友達とはしているが、隷属の印が結んでいるのは主従関係である。
主人の命令であれば、隷属の印を刻まれたコデスは拒めない。
空っぽのコデスにも理由が生まれる。
フィリアが顔を上げる。笑顔はなかった。
顔の半分を膝を抱えた腕に埋めたままで、フィリアは目線だけをコデスに向ける。
「……長生きしてくださいね。これは命令です。」
【命令されるのは癪だがあい承った。出来る限りの努力はしよう。】
コデスはこりこりと頭を掻いてから、フィリアの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でた。
フィリアは驚き目を見開く。
【結局貴様が何をしに此処に来たのかは分からなかったが……いつまでも暗い顔をされてても困る。我は渇いた土地生まれだからな。湿っぽいじめじめしたのは嫌いなのだ。】
フィリアは黒髪の頭を、コデスに撫でられた部分を両手で触った。
そして、上目遣いでコデスを見上げた。
「ひょっとして、慰めてくれてます?」
【馬鹿言え。我はそこまでお人好しではないわ。お人好しどころかそもそも人ですらないからな。】
コデスはすくっと立ち上がり、フィリアに手を差し伸べる。
【貴様の話はまた今度で良い。時間はいくらでもあるのだから。用が済んだならとっとと帰るぞ。】
フィリアはくすりと笑みを零す。
そして、差し伸べられたコデスの手を取る。
「はい!」
フィリアの声にいつもの元気が戻っていた。
コデスに手を引かれ、フィリアは立ち上がる。
この迷宮にはもう用はない。二人は迷宮を後にする。
【帰り道もあの道を通るのか……億劫だな。】
「そうですね。目的地に向かう時はわくわくしてましたけど、帰り道は憂鬱ですよね。」
【我はどっちも憂鬱だったが。】
「ところで、ずたおさんってどうしたんでしたっけ?」
【…………あ。】
ぶん殴ってから入口に放置してきた事を思いだして、コデスは口をあんぐりと開ける。
【……憂鬱だ。戻ったらまたうるさいぞ。】
「……そ、そうですね。」
【珍しく意見が合うな。】
「私達、ちょっぴり通じ合えました?」
【調子に乗るな。】
足取りは更に重くなる。
しかし、フィリアの表情はほんの少しだけ柔らかくなっていた。
ネクロフィリア~少女は死体に恋してる~ 空寝クー @kuneruku
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