譲らない本

kou

譲らない本

 少女・山下朋子は商店街にある小さな本屋を訪れていた。

 朋子は本屋に立ち寄ると、何気なく本棚を見て回る。

 『世界の未確認生物』という本を見つける。

 朋子は知っていた。

 世界中の知られていない生物の写真が沢山載っているのだ。

 この本が、欲しくてたまらなかった。

 朋子が手を伸ばそうとした瞬間、隣に居た少年も手を伸ばしていた。

 目線が合う。

 その瞬間に朋子は理解した。

 この少年も、この本を狙っているのだと。

 普通なら譲り合うのだろうが、朋子は譲らなかった。

 本の背表紙を指で押さえる。

 だが、それは少年も同じだった。

(なんて強引な!)

 朋子は自分の行動を棚に上げて、少年の大胆さに驚く。

 少年の方も驚いた表情をしていた。

 そして二人は同時に口を開き、同じ主張を貫く。

「この本を譲って下さい」

 二人とも譲らないという意思を示すために声を張り上げる。

「普通、女に譲るものでしょ。レディファーストを知らないの」

「女の子に、こんな本は必要ないよ」

 お互いの主張を聞いて、朋子と少年は顔を見合わせる。

「……なら半分ずつお金を出し合いましょう。今日は私が読むから、明日は貴方が読んでも良いわよ」

 朋子の妥協案に少年は渋々ながら同意する。

 二人で連絡先を交換し、後日また会う約束をする。

 翌日、朋子は本を出す。

「かなり面白かったわ」

 朋子はそう言うと、本を少年に手渡す。

「ありがとう。どうしても読みたかったんだ」

 お互いに満足して、笑顔を浮かべる。

 その後、二人は一日ごとに会い、色々な話をするようになった。

 次に会った時にネッシーの実在について論議を交わした。論議に熱が入ってしまい、時間を忘れてしまうこともあった。

 本を読み終わっても、二人は会い続けた。

 いつしか恋心を抱くようになっていた。

「まさか、この本が共有財産になるなんてね」

 成長した朋子は微笑む。

 今では、彼と一緒に住む住居の本棚に、あの本が置いてあるのだった。

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