羅生門

 キヨシが「坊ちゃん」を返しに来たのはその翌日だった。寝れなかったという。

「面白かったです。痛快でした。なかなか知らない言葉もありましたけど、インターネットで調べながら読んでました」

「ああ、そうか。辞書があるからね。後で渡すから使いなさい」

 宇宙船は修理の目処が立ったようで、キヨシはあと3日でここを発てると言った。マージがわざとらしく悲しい顔をすると、慌ててキヨシは口を開いた。

「また来ますから安心してください。目的地はもうあと18光年まで来てるんです」

「往復したら36年だろう? あんたは何年で戻ってくるか知らないが、こんなおばあちゃんなんてすぐ死んじまうよ」

「でも、行かなきゃいけないんです」

 キヨシは真っ直ぐな目で言った。

(情けないね。まさかこの歳になって1人が寂しいと思うなんて……)

「そうかい」

 そう言ってマージは家ではなく、古本屋に入っていった。こんな日は小説を読むべきだ。マージはそれを知っている。


「マージさん! もう夕食の時間ですよ!」

 その声でマージはようやく空腹を思い出した。読んでいた本に栞を挟み、席を立つ。

「悪いね、すぐ作るから少し待っておくれ」

「いえ、もう出来てます」

 えっ、と思わず声を上げると、家からキヨシが出てきてニカッと笑った。

「『坊ちゃん』で『団子』というのが出てきまして。食べたことある気がしてネットで調べてみたら、作り方も出てきて」

 それは、何もかかっていない、白銀に輝く団子だった。まるで星のようだ、とマージは思った。小さいのや大きいのが沢山皿の上で寄り添っている。

「料理ってのも楽しいですね。本当にマージさんには楽しいものを沢山教えて貰えて。感謝しています」

 キヨシは1度礼をして、そして顔を上げてまたニカッと笑った。

「食べましょう!」


 マージは食べてきた中でいちばん美味しい団子だと思った。ボソボソしているし味付けは醤油をかけただけにも関わらず。

「人に作ってもらうのも、美味いもんだね」

「そうでしょう! 初めて僕がマージさんに教えることが出来ましたね!」

「そうだね、ありがとよ」

 本当に嬉しそうに話すキヨシに、マージは決心した。もう、残り2日だった。


 それからは忙しかった。宇宙船の倉庫がダメになっていたので、食料を宇宙食にしなければならない。その機械は無事だったので、マージは今あるありったけの野菜と果物を使って料理し、機械を使って圧力をかけ、宇宙食を作った。実はサプリメントで栄養は気にする必要が無いらしいが、毎日1食食べても3年は持つほど沢山作った。キヨシはもう小説を読む時間すらないほど修理に没頭していた。そして、ついに旅立ちの時が来た。


「本当にありがとうございました、マージさん」

「いやいやこちらこそね、この一週間楽しかったよ」

 全ての荷物を積んで、宇宙船は十分に動けるだけの修理が施されている。マージは古本屋から1冊の本を持ってきていた。「羅生門」だ。

「話さなきゃいけないことがあるんだけどね。先にこっちを渡しとくよ。暇な時に見ておくれ」

「ありがとうございます!」

 マージはもっと長編の小説を贈ろうと思ったが、積載量がなかなか厳しいようだったのだ。そうでなくても、「羅生門」を贈るのはいいと思った。どうしてかは分からない。

 マージは深呼吸した。伝えなくてはならない。生娘のようにグチグチするのはみっともないぞ、と自分に言い聞かせる。

「実はね。……地球は、随分と前に滅んでしまったんだ。そしてあたしは、火星からワープしてここに来た。多分、あんたの目的の星も調査は終わっている」

 キヨシはじっとマージを見ていた。そして、ふぅ、とため息をついた。

「いや、マージさんがここにいた時点で薄々気がついていました。そうですよね。僕が出た時点でそんな感じはありました」

 しかしキヨシの目は真っ直ぐに前を向いていた。マージは頷いた。

「頑張っといで。行くんだろう? それでも。あたしは何とかして本を残しとくよ。流石に死んじまってるだろうけどね」

「いえいえ、大丈夫ですよ。マージさんは何年経っても生きてると思います。また会えますよ」

「そうなら良いねぇ。そしたら、あんたが見たものを教えとくれよ。ワープだと体験できないからね」

「もちろんです。期待して待っててください!」

 キヨシは笑顔で宇宙船へ入っていった。マージが離れると、宇宙船はゆっくりと、だんだん早く上昇していき、ついには見えなくなった。マージはまた、古本屋に入っていった。

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最果ての古本屋 青海老ハルヤ @ebichiri99

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