本屋に新人ラノベ作家のデビュー作を仕入れさせる方法
タカテン
本屋テロ
書店店長・
完璧な発注数は深刻な品切れに悩まされることもなければ無駄な返本も一切なく、完璧な陳列はお客の欲しいものがすぐに見つかるよう幾度となく試行錯誤を繰り返して辿り着いた神の領域である。
商品管理も常に店内を見て回ることで何がどこにどれだけあるかを完璧に把握しており、接客に至ってはお客の顔を見ただけで何を買いに来たのか、単なる冷やかしか、はたまた万引きを企んでいるのかを一瞬にして見分けるほどであった。
まさに完璧な本屋店長・本賀須木。今日も今日とて完璧な一日になる、はずだった。
「あれ?」
それは新人バイト・
「ん? どうかしたのかね、矢追君」
「あ、店長、それが……」
矢追の手には一枚のレシート……品切れた際にそれを知らせる紙が握られている。
その紙には何月何日にその商品を何冊仕入れたかが書かれており、リピートをかけるかどうかの判断基準となるのだが。
「あの、さっき販売した商品なんですけど……仕入れ履歴がないんですよ」
「なんだって?」
驚いた本賀須木がレシートを覗き見ると、なるほど、確かに仕入れ日にちが「無し」となっている。
まさか仕入れの際、パソコンでの入庫作業に誤りがあったのか。
いや、そんなはずがない。もしそうだとすれば仕入金額に誤差が出るはずだからだ。
となればこれは一体どういうことだ?
「ちなみに本のタイトルは?」
「えっと『滋賀県知事・兄川高鳴が革命を起こす』ですね」
「そんな本、仕入れた覚えがないぞ!」
普段は冷静沈着な本賀須木が思わず大声をあげたその時だった。
「まったく、本屋が聞いて呆れるぜ。この名著を仕入れてないとは」
どこからともなく……いや、正確には少年漫画コーナーの棚からアタッシュケースを手にした中年の男が姿を現した。
「お、お前は!」
「お知り合いですか、店長?」
「いや、全然知らない顔だ。だが、その見るからにパッとしない顔、全然着こなせていないスーツ、極端な猫背からこいつの正体が私には分かる」
本賀須木がビシっと人差し指を男に突き刺して言った。
「こいつはデビューしたてのラノベ作家だ!」
「ラノベ作家さん!? え、でもどうして?」
「売れていない中年ラノベ作家なんて得てしてそういうものだからだ!(偏見) そして来店理由も分かるぞ。おおかた自分のデビュー作が書店に並べられるところを見に来たんだ! そうだろう?」
「ご名答。書店員としては二流だが、どうやら人を見る目はあるようだ」
男がパチパチと拍手する。
一方、矢追は「人を見る目はあるって、悪口言われたのに褒めちゃったよ、この人」と開いた口が塞がらず、また本賀須木はと言えば。
「おい! この私が書店員として二流だと!? 何を根拠にそんなことを言う!」
ぷりぷり怒っていた。
「ふん、決まっている。俺のデビュー作にして名著『滋賀県知事・兄川高鳴が革命を起こす』を仕入れなかったからだ」
「売れないものを仕入れないのは当然だろう!」
「だが、売れたぞ? 俺がこっそり置いておいた奴がな」
「なん……だと!? ということはさっき売れたのはま、まさか!?」
「そうだ、俺が出版社から献本としてもらった本だ」
なんて奴だ。本賀須木は驚愕した。
万引きする奴はいくらでもいる。だが、本屋に内緒で自分の本を勝手に売り場に並べる奴なんて初めてだった。
そして何より自分の仕入れた覚えのない本が、自分の店に置かれていたのに気が付かなかったという事実!
屈辱! まさに屈辱であった!!
「ちなみに西川貴教が表紙の音楽雑誌の横に置いていたらまんまと売れていったぞ。参考にするがいい」
「ああっ! なんかそれっぽいタイトルだなぁと思ってたら、やっぱりそうだったんですね!」
「なお本の略称は『Takanari Makes Revolution』でT.M.Rだ」
「貴様っ、絶対怒られる奴だぞ、それ!!」
というか、本屋に自分の著作を勝手に並べるのも大問題行為である。あとで出版社に電話してやるから、こってり編集者に叱られてしまえと本賀須木が内心で毒付く。
が、男は全く怯む様子はない。
むしろアタッシュケースをレジカウンターに置くと、それまで以上に不敵な笑みを浮かべて「で、何冊欲しい?」と問いかけてきた。
「は? 何冊欲しいってどういうことだ?」
「鈍い奴だな。『滋賀県知事・兄川高鳴が革命を起こす』を何冊入荷したいんだ、と訊いているんだ」
男がカウンターのアタッシュケースを開ける。
中には黄金に輝くブツ、今話題の『滋賀県知事・兄川高鳴が革命を起こす』がぎっしり詰まっていた!
「言っておくがあんたは一度ミスを犯した。店に利益をもたらすこいつをみすみす見逃して仕入れないという致命的なミスをな!」
「ぐっ!」
「だが優しい俺はあんたにそのミスを取り戻させてやろうって言ってるんだ。で、何冊欲しいんだ? 安心しろ、こいつは献本じゃない。問屋を通すちゃんとしたブツだ」
「くっ! そ、そんなもの、さっき売れたのは単なる偶然で……」
「んー、でも店長、なんだか面白そうですよ?」
「矢追君! 一体何を言って……」
「だってこんなことをしてくる人が書いた本って興味があるじゃないですか! ねぇ、おじさん、この本、面白いの?」
「書いた自分が言うのもなんだが、クソ面白い! なんせ序盤で京都が滋賀県京都市になるからな!」
「あはは、バカだー!」
男の返答に思わず大笑いする矢追の横で、本賀須木は決断を迫られていた。
くっ、出来ることならばこんな奴の本、自分の店に置きたくはない。
が、たしかに……たしかに序盤で京都が滋賀の支配下に置かれるという衝撃的な展開はちょっと面白そうに感じた。
「さ、三冊……」
「ん? なんだ?」
「くっ! さ、さっきのも合わせて三冊だ! 三冊、仕入れさせろ!!」
口惜しさに震えながら本賀須木は声を振り絞った。
先ほど売れたものも合わせて三冊……これは極めて冷静な判断によるものだった。何故なら残り二冊ならば売れ残っても自分と矢追が買えばなんとか消化できるからだ。
問屋を通すので返品も出来るのではあるが、それはそれ、書店員としての意地である。
「おお、そうかそうか、十冊買ってくれるか」
「な、なに!? 私は三冊だと言って……」
「まぁ、この店の規模ならば俺だったら十冊は売れると思っていたところだ」
「ぐっ。……ほ、ほう、お前なら十冊売れると? 一体どうやってだ? そう言った以上、何か確かなアイデアがあるのだろうな?」
あるはずがない。単なる口からでまかせだと本賀須木は信じてやまなかった。
「もちろんだ」
「なに!?」
「前から思っていたんだ。小説を小説コーナーにだけ並べるなんて、ちょっと考えがなさすぎるんじゃないかってな。さっき売れたように色んなコーナーに置いてみるべきだと俺は思うね」
「だが、それでは売り場が乱雑になるし、何かしら関係のあるコーナーならばともかく全く関係のないところに並べても意味がないのではないか?」
「全く関係がない……ならば関係を作ってやればいいのさ」
どういうことだ? と頭を捻る本賀須木と矢追の前に、男はスーツの内ポケットからなにやら帯状の物を取り出してきた。
「こういうものを作ってみた」
「これは本の帯、ですか? えーっと、なになに『今話題のサッカー選手・三苫薫が子供の頃に住んでいたマンションの隣の部屋の人も絶賛! 何気に手にした一冊がこれ、俺、冴えてる』ってなんです、これ?」
「三苫選手じゃなくてマンションの隣の住人に帯を書いてもらうって何考えてんだ、あんた!」
「ふっ。あんたたち知らないのか? 三苫薫の少年時代、隣に住んでいて彼の世話をした人物を?」
「そんなの知るわけ」
「あ! あたし、聞いたことあります! 三苫選手が子供の頃、隣には俳優の松重豊さんが住んでいたって!」
「なに!? 松重豊ってあの『孤独のグルメ』の!?」
「ああ。となればもう気付いただろう? そう、この帯を付けるだけで俺の本はサッカー雑誌やグルメ雑誌のコーナーへの展開も可能って寸法さ」
いや、冷静に考えればそれは無理があるだろうとは思うものの、この帯のコピーが松重豊によるものだとなると、途端にそれっぽく感じ始めてそれどころではないふたりである。
「もっとも松重豊とは別の、もう片方の隣の人に書いてもらったものだけどな」
「詐欺じゃないかっ!」
「詐欺ではない。だからちゃんと松重豊とは書かずに隣に住んでいた人と書いてある」
「ひどいwww」
「あと、手っ取り早く『当店売れ筋ベスト10』の一位の棚に飾るって手もあるぞ」
「それこそ正真正銘の詐欺だ!」
「まぁ、そこは君たちの腕の見せどころだ。楽しみにしているよ、あっはっは」
かくして嵐のように現れた男は(実際は本棚の陰からのっそり現れたのだが)、嵐のように去っていった。
残ったのはレジカウンターに置かれた『滋賀県知事・兄川高鳴が革命を起こす』が十冊のみ。
「で、店長、どうしましょう、これ?」
「く、くそぅ。こんなものが十冊も売れるわけがない! 悔しいがここは一日も早く問屋に返品して」
「……あ。ダメです、店長。全部、サインが書かれてます」
「あのクソ野郎ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
説明しよう。サイン本は返品不可なのである。
なので欲しい本でサイン付きがあったらそっちを買ってあげようね。本屋さんが喜ぶぞ。
あと作者先生の皆さん、対面でサインを書く機会があったら是非「〇〇さんへ」と書いてあげよう。そうすると個人情報の関係でブック〇フでは売れなくなるからね。おすすめ♪
「くそう! こんなの売れるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
店内に店長・本賀須木、魂の叫びが木霊する。
なお、致命的な仕入れミスと思われた『滋賀県知事・兄川高鳴が革命を起こす』だが予想外なことに売れに売れ、後日、売れ筋ベスト10の堂々トップに飾られることになる。
まさにミスター・パーフェクトの面目躍如であった。
本屋に新人ラノベ作家のデビュー作を仕入れさせる方法 タカテン @takaten
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