【番外編】ワケアリ男装令嬢、ライバルから求婚される

emoto

重版記念SS リオルの姉リオニーの観察記録

 姉、リオニー・フォン・ヴァイグブルグについて、一言で表すならば、〝苛烈〟だ。

 他人に厳しく、身内に厳しく、自分自身にも厳しい。

 そんな女性である。

 姉は母のお腹に残っていた強気を、根こそぎ持って行って生まれたのではないか、と思うほどだった。

 姉から小言を言われ、ぐうの音も出ないような状況に追い込まれるのは一度や二度ではなかった。

 その標的は僕だけでなく、父もだった。

 姉の生意気な指摘が間違っていなかったから、父のプライドはズタズタにされ、顔が真っ赤になるのを見て、何度笑ったことか。


 ただ、姉の生意気は無差別に繰り出されるわけではない。

 父に刃向かうような態度を取ったのは、外で遊びたくない僕を庇ったからだ。


 姉が苛烈な一方で、僕は無気力だった。

 僕と姉の性別が逆だったら……なんて囁かれていたのは一度や二度ではない。

 活発的な姉と、消極的な僕は対照的な存在だった。

 それをこれでもかと自覚したのは、八歳くらいの話だったか。

 その頃の僕は同じ年頃の子どもが好きな物にはいっさい興味がなく、遊ぶという行為も退屈だった。

 無理矢理父に連れ出され、子どもの輪に放り出されたときは、虐待だと思ってしまった。

 何度も行きたくないとごねたものの、父にも体面があるようで、僕を社交場に連れ出さないと行けないらしい。

 何度か姉が「無理矢理連れていかないで!」と庇ってくれたものの、さすがに王宮の集まりだけは避けることができなかった。


 同じ年代の子ども達は、夢中で魔法騎士ごっこに勤しんでいた。

 あれのどこが面白いのか、まったく理解できない。

 家から持ち込んだ魔法書を読んでいたら、いつの間にか少年達に囲まれていた。


「おい、お前、こんなところで何をしているんだよ!」

「本なんか読んで、気取っているつもりか?」


 言葉を返すのも億劫だ。無視してやりすごそうと思っていたのに、魔法書を取り上げられてしまう。


「お前、あっちでやられ役しろよ! 魔王の手下の雑魚モンスター役だ」

「根暗なお前にはぴったりな役だな!」


 なんてばかばかしい遊びに他人を無理矢理巻き込もうとしてくれるのか。

 本を取り上げられてしまったので、手持ち無沙汰になってしまう。

 明後日の方向を向いてやり過ごそうとしていたのに、少年のひとりが手にしていた本を地面に叩きつけるように捨てたのだ。

 ぷちん、と頭の中で何かがキレた。

 立ち上がって相手の胸ぐらを掴もうとした瞬間、遠くから声が聞こえた。


「あなた達、リオルに何をしているのよ!!」


 姉がものすごい形相でこちらへ駆けてくる。

 ドレスを着た女の人が、あんなふうに全力疾走しているのを初めて見たのだろう。

 少年達は呆気にとられていた。


 姉はやってくるなり魔法書を拾い上げ、僕に差し出す。

 それから少年達の前に立ちはだかった。


「な、何様だ、お前は!!」


 そう問われた姉は、堂々と言い返す。


「この子のお姉様だけれど!」


 あまりにも尊大な言い方だったので、少年達は完全にたじろいでしまう。


「言っておくけれど、この子は魔法が使えるの。いじめたら、炎魔法で丸焦げにされてしまうわよ!」


 そう宣言すると、少年達は逃げて行った。

 誰もいなくなったあとで、姉に指摘する。


「姉上、僕はまだ、炎魔法なんて使えないんだけれど」

「こういうのは、言ったもん勝ちなのよ」


 そう言って振り返った姉の微笑みは、太陽よりも輝いていた。


 ――と、そんな感じで、天上天下唯我独尊を擬人化したような生き方をしてきた姉だったが、初めての挫折を味わう。


 それは、魔法学校への入学だった。

 全寮制で男子生徒しか通うのを許されていないため、女性である姉は行きたくても行けないのだ。

 魔法学校のどこに魅力があるのか、まったく理解できない。

 同世代の子どもと同じ教室に閉じ込められ、三年間も通うなんて、考えただけでもゾッとする。

 すでに魔法の基礎と応用は身に着けているし、魔法の特許で父より稼いでいる。

 何を学ぶと言うのか疑問でならなかった。

 魔法学校に通いたくないと言うと、父は顔を真っ赤にして激昂した。

 なんでも魔法学校に通った実績がないと、次代の子どもが通う権利が消えてしまうらしい。

 魔法学校はここ以外にもあるものの、ヴァイグブルグ家の者が通っていたという歴史を途絶えさせたくないようだ。

 言い合いする僕らを見ていた姉が、思いがけない発言をする。


「私は男装してでも魔法学校に通いたいのに!」


 聞いた瞬間、「それだ!」と思う。

 長年、僕を守ってくれた姉への恩返しを今、閃いたのだ。


「そうすればいいじゃん」


 その一言がきっかけで、姉は男装し、魔法学校に通うことになった。

 父はすぐに音を上げると思い込んでいたようだが、僕は意地でも卒業してくれると信じていた。


 想定通り、姉は魔法学校に難なく通ってみせる。

 持ち前の苛烈な性格で、男社会を生き抜いているようだ。


 そんな姉を見ていると、このまま男として大成し、生きていくのではないのか、と思ってしまった。

 姉が誰かを認め、愛する様子なんて、まったく想像できないから。

 きっと「宇宙の中で私より尊い者はいない」なんて思っているに違いない。

 そう思っていたが、姉と結婚したいという猛者が現れた。

 アドルフ・フォン・ロンリンギア――彼は心底姉に惚れているようで、父に直談判し、結婚を申し込んできたらしい。

 世の中には風変わりな男がいるものだ、と感心してしまう。

 相手は公爵家の嫡男で、父は大喜びだった。

 一方、姉は結婚に乗り気ではない。

 なんでもアドルフは魔法学校でのライバルらしく、姉の神経を逆なでしているのだとか。

 姉は婚約破棄を目指し、こそこそ活動していたようだが――アドルフと接していくうちに、尊敬心というものが生まれたらしい。

 あんなにも嫌っていたのに、優しく微笑みかけるようになっていた。


 結局、姉はアドルフを愛するようになり、結婚する覚悟を固めたようだ。


 今日は姉に招待され、アドルフと三人でなぜか茶会を開く。

 姉お手製のクッキーや紅茶が並ぶ中、アドルフがやってきた。


「アドルフ、いらっしゃい」

「遅くなってすまない」

「いいえ、時間ぴったりよ」


 姉はアドルフから花を貰い、うっとりした表情を浮かべている。

 天上天下唯我独尊な姉はもういない。そう思っていたのだが――。


「ちょっと! 椅子が二脚しかないじゃない! 今日は三人でお茶会をするからって、言っていたでしょう!?」


 そう言って、自分で椅子を取りに行こうとしていた。

 そんな姉を、アドルフは傍に引き寄せ、膝の上に座らせる。


「リオニー、今日はここに座るといい」

「まあ!」


 ……なんかイチャイチャしだした。目に毒だが、あの姉をこんなふうにしてしまうアドルフ・フォン・ロンリンギアはただ者ではない。

 猛獣使いがライオンを手懐けているような光景を見ているような気持ちになる。


 まあ、なんと言うか、お幸せに。

 姉に訪れた奇跡の春を、心から祝福した。

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