空色ワゴンの本屋さん

野森ちえこ

きみの魔法

 本には魔法がかかってる。

 楽しくなったり悲しくなったり、わくわくしたりイライラしたり、怖くなったりしんみりしたり、ためになったりびっくりしたり。

 リアルだったり荒唐無稽だったり。

 ハラハラ、ほのぼの、ドキドキ、じんわり。

 今いる場所とはちがう世界につれてってくれる、とびっきりの魔法が。


 本には魔法がかかってる。

 たくさんの人にきく魔法もあれば、たったひとりにだけきく魔法もある。

 だから当然、自分にはきかない魔法がかかってることもある。そんなときはちょっとガッカリしちゃう。

 万能じゃない、気まぐれな魔法が。


 きみは目を輝かせて、そう教えてくれた。


 本には魔法がかかってる。

 自分にぴったりの魔法がかかってる本との出会いは特別だ。

 一生の宝ものになるかもしれない。

 もしかしたら人生だって変えちゃうかもしれない。

 今、目に映っている風景とはちがう景色を見せてくれる、極上の魔法が。


 そう笑顔をはじけさせて、教えてくれたきみはもういない。


 本には魔法がかかってる。

 そうだね。ぼくにもやっとわかったよ。

 最期にこっそり教えてくれた、きみが遺した物語。やっと本にできたんだ。

 文字にはきみの心があふれてる。ページをめくればきみの心にふれられる。ぼくにとっては奇跡の魔法だ。


 きみが好きだった空色のワゴンに、きみが大好きだった本をつめこんで、ぼくは北へ南へと旅をする。

 たとえば病気で、たとえばケガで、たとえば町に本屋がなくて、いろいろな理由で気軽に出かけられない人たちにも本を届ける、空色ワゴンの本屋さん。

 今はネットでなんでも買えるけれど、直接見て、直接ふれて、これしかないと感じる出会いもきっとあるから。


 きみの魔法がかかった本をつれて空色ワゴンで旅をする。

 町から町へ。人から人へ。

 どこかの町でみかけたら、ぜひのぞいてみてね。


 本には魔法がかかってる。


 どうかあなたにぴったりの魔法と出会えますように。

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空色ワゴンの本屋さん 野森ちえこ @nono_chie

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