第4話 変わった来客

店舗を開くという事は、それ即ちお客を招く。と言う事になる。

そんな中私の店、ショコラトリ・真木は少し特殊な現象が起きる。


「いらっしゃいませ」

私の声に、クロが一瞬入り口の方を向きまた興味無さそうに顔を逸らす。


「あ、あの……」

入り口に立っていたのは年端もいかない少女。だがとて、その格好は現代のそれとは違う。今にも破れそうな砂汚れでボロボロな白だったシャツに、同じく赤が垢でくすんだスカート。髪の毛もまるで使い古した歯ブラシの様に逆立っている。


「ご、ごめっ………うち、お金持ってなくて……でも、お腹が………良い匂いがして………」

少女は捲し立てる様に次から次へと言葉を発するとポロポロと涙を溢す。

「こちらへどうぞ、外は寒かったでしょう? 」

 彼女をそう促すと、私は彼女の前にココアを差し出した。

「お金はいらない。さっ、召し上がれ」

私の言葉を受けると、即座に彼女は動物の様にカップに貪り付いた。

「慌てないで、火傷するわよ」と言いつつも、温くなる迄ミルクを足している。きっとすぐに飲み干せる事だろう。


「何処から来たの? 」

ココアを飲み干し、チョコレートケーキを食べお腹に少し余裕が出来た頃、私は彼女に尋ねた。彼女は口元にチョコレートを付けたまま小さく囁く。

「ひろしま」

私は、その言葉を聴いて少女を不安がらせないよう、微笑む。

「そう、ひとりで? 」

少女は顔を俯かせて首を振る。

「おかあさんと一緒だったの。でも、いつの間にかはぐれちゃった」

「そう」

そこで、窓が小さく揺れ、少女は大袈裟な程驚き、肩を揺らした。

「心配ないわ。少し外で雨が降って来たみたい。

 丁度いい。雨が止む迄ゆっくりしていきなさい」

私がそう言って、2杯目のココアを注ぐと、少女はおどおどと私の眼を見て言う。

「おねえちゃんは、アメリカの人? 」

少しだけ、ココアがカップから零れた。

「産まれはフランスだけど……アメリカだと何かあるの? 」

私の問いに、少女は申し訳なさそうに首を横に振る。

「ごめんなさい。アメリカの人は怖いって聞いてたから。お姉さん。髪の毛も眼もすごく綺麗だったから……」その瞳にまた涙が溜まっていく。

「いいのよ。はい、ココア。おかわり」


彼女がそのココアに口を付けたとき。

私は、先から入り口に居た人物に声を掛けた。

「いらっしゃいませ。娘様がお待ちですよ」


その言葉を受けた入り口に居た老婆は震えながら、カウンター席へ向かう。

少女とは違い、その格好は清楚な洋服。現代の日本で裕福な暮らしをしていた様子が見て取れる。

少女まで手の届く距離、その様子に気付いた彼女はカップをテーブルに置き、くるりと振り向いた。


「あ、ああああ。ゆきな。ゆきな‼ やっと、やっと見つけた‼ 」

 突然、老婆はそう叫ぶと少女を抱き締める。

「わっ、おばあちゃん、だれぇ‼ 」

あまりに突然だったのか、彼女は驚き戸惑い。その老婆の手を振り解こうとする。

だが、やがて気付くだろう。

カカオの香の奥の、その懐かしい匂いに。

「………おかあさん? 」

少女の言葉に、老婆は顔が見える様に抱き締めたまま顔を離す。

「ゆきな。ゆきな。ああ、ゆきな。ごめんね。ごめんね。護ってあげれなくて。お母さん、ゆきなを護ってあげれなかった……‼ 」

少女の目に映った、先程の老婆の顏は、砂と炭に塗れた若い女性のものだった。

「おかあさん……おかあさん‼ おかあさん……‼ 会いたかった‼ 」

強く、強く、繋がった2つは。きっと今度は見失う事無く、共に逝けるはずだ。


私は、小さく言葉を紡ぐ。

魔法ではない。

鎮魂の言霊。

やがて、光の中に溶けあう2人を見送る。

「ご来店ありがとうございました」


ショコラトリ真木には、時々迷った魂や、魂の交差する待ち合わせ場所になる。

そんな秘密がある。

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チョコレート・オブ・ウィッチ ジョセフ武園 @joseph-takezono

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