タンポポは風媒花?

月野夜

タンポポは虫媒花

失恋とは花弁のようだ。

勝手に咲いて、勝手に散る。

淡く咲いた春の恋心も、風に吹かれてみごとに散った。

人の行き交う町並みで、僕が見初めた彼女を見かけた。

揺れ動くタンポポの綿毛のような被り物をした彼女の頭と、対を成すように並んだライオンのたてがみのように髪を立たせた男の頭。

ときおり男が花の香りをかぐかのように、彼女の頭に顔を寄せる。そんなことをしたら種子が飛んでしまうぞ、と僕は心で忠告をする。

彼女はバイトの同期で、同学年。

屈託のない笑みと声が、氷山のように凍った僕の心まで溶かしていった。

だがそれも勝手に咲いた花なのだ。

勝手に咲いて、勝手に散る。

隣を歩く人物が、男でなかったら良かったのに。

隣を歩く人物が、女だったら良かったのに。

同性愛なら受け入れてもいいだなんて、多様化する現代に都合よく馴染もうとしているだけだ。

どこまでもいやしい感情が、僕を侵食していく。

君のその手が、その指先が、ライオンのたてがみに触れるたび、間接的な痛みが僕の心を突き刺す。

タンポポの周りを飛び回る虫のように、男を見ているだけで鬱陶しく感じる。

虫媒花ちゅうばいかであるタンポポに、虫がたかるのは仕方がない。

バイト先では僕のようにさえない男にも、無視せず優しく接してくれる君だ。

虫を無視できないのも、仕方がない。

君からの助けてのサインがないか、かたときも視線を外さない。

虫がたかる、虫媒花のように。

花はほころび、悦びの顔をみせる。

花は咲き、受粉にそなえる。

虫は運ぶ、雄蕊おしべから雌蕊めしべへ。

フツフツと、苛立ちが募ってゆく。

男と女が、受粉する。

精子と卵子が、受精する。

君と男が、セックスをする。

いても勃っても、いられない。

春の空気は、花粉で充満している。

男の精子で、充満してる。

花粉症は、現代病だ。

マスクでそれを、予防している。

それならマスクは、避妊具なのか。

要はコロナは、性病なのか。

罹りたくないから、マスクを付けよう。

風花がマスクを取り外し、男と女のキスがはじまる。

タンポポだけに、チューばっか。

勝手に咲いて、勝手に散る。

勝手に咲いて、勝手に散る。


気が付くと、君が横たわっていた。

白いマスクが、紅く染まる。

白い綿毛が、紅く染まる。

赤い綿毛は、もう飛ばない。

僕の心は、吹けば飛ぶほど軽くなる。


勝手に咲いて、勝手に散る…

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タンポポは風媒花? 月野夜 @tsukino_yoru

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