そして僕は『本屋』を知った

旗尾 鉄

第1話

 それは、春休みの三日目のことだった。


 なんとなく本でも読もうかと思った僕は、インテリジェンス・リーダーのスイッチをタップした。A4サイズのモニターに、メニュー画面が表示される。『読書』を選ぶと、一瞬のダウンロード時間の後、本のタイトル画面が映し出された。


 インテリジェンス・リーダーには、僕の年齢、通っている学校、過去の読書歴などがすべて記録されていて、AIが今読むべき、最も適切な本を自動でダウンロードしてくれる。


 今日の本は、ハズレだ。古代エジプト文明に関する歴史ものだけど、教科書っぽくてあまり面白くない。春休み中に最低一冊は本を読むこと、という宿題がある。本の途中変更はできない(中途半端はよくないそうだ)から、この本を読むしかないけど、嫌になってしまった。


 僕は読書は好きだけど、やっぱりその時の気分ってものがある。昔は紙製の本があったけど、木材資源の問題とかがあって製造禁止になったそうだ。僕が生まれる前の話だ。だから、本を読むにはインテリジェンス・リーダーを使うしかない。


 僕は気分転換に外へ出た。行きたい場所があるわけじゃなかった。ただなんとなく、ちょっと冒険してみたい気分になって、あまり行ったことのない方向へ自転車を走らせた。


 ふと気が付くと、そこは一般区だった。僕の家は開発区で、自分で言うのは変だけど、わりと裕福な世帯が多くて、インフラ整備っていうのかな、そういうのが進んでいる地区だ。で、一般区はいわゆる、昔ながらの町って感じだ。


 そんな一般区の通りをぼうっと見ているうちに、僕は一軒の店に目を引かれた。看板には『英明堂書店』と書かれている。書店って何だろう? 何かを書く店?


 僕は意を決して、恐る恐る店に入ってみた。


 店内には、始めて見る光景が広がっていた。写真で見たことのある『紙製の本』が、棚にずらりと並んでいた。何百冊もの本の量に、僕は圧倒された。


「いらっしゃい。初めてだね。中学生かな?」


 店のおじさんが話しかけてくれた。お父さんより少し年上くらいの、眼鏡をかけて、白髪が混じっていて、優しそうなおじさんだった。


「は、はい」

「うん、うん。何か探してる本、あるの?」

「あ、そうじゃないけど……」

「そうかそうか。じゃあ、ゆっくり見ていってね」


 僕は不思議だった。自分で、好きな本を自由に探していいのだろうか?


「あの、どれでも見ていいんですか?」


 おじさんは何か察したらしく、ニコニコして言った。


「うん、好きに探していいんだよ。この店では、インテリジェンス・リーダーは気にしなくていいんだ。読みたいのを自由にどうぞ」


 電子財布デジタル・クレジットを持ってこなかった僕は、本を買うことはできなかった。でもおじさんは僕に、生まれて初めての『立ち読み』を経験させてくれた。読みたい本を自由に選べるってことが、こんなにワクワクして、こんなに楽しいことだって、僕は初めて知った。


 しっかりと店の場所を覚えた僕は、ペダルを踏む足も軽く家路についた。


 春休みの間に、絶対また来よう。僕は、秘密の聖地を見つけたんだ。

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そして僕は『本屋』を知った 旗尾 鉄 @hatao_iron

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