第45話 学園入学式
――……三年後
足を下ろしたタラップは、少年の体重を支えても微動だにしなかった。
続いて、王都の街並みの石畳へと足をつける。
「あれが、未発表の最新式浮遊型馬車……ということは、今降り立った彼こそが」
「ああ、まちがいない。ロディテクス社の創業者、ロディオ・ヘイロー!」
東の果てのヘイロー家に生まれた鬼才、ロディオ・ヘイローはこうして初めてシェンドール王国の王都シェンブリルの地を踏みしめた。
ロディオのここ数年の活躍は目ざましかった。
たった今、彼が乗っていた馬車。人が乗り込むキャビンの部分が浮遊した構造を持つ浮遊型馬車の魔道具は、昨今の貴族たちのトレンドとなっている。
ロディオが中心となって設立した商会、ロディテクス社は、馬車以外にも、数多の製品開発を手掛け、普及へと導いていた。
魔石残量インジケータはその際たる例だ。いまや国中に普及した魔道具の生産を一手に引き受けている。
ロディテクス社の製品はたった数年でシェンドールの生活を書き換えた。
インジケータが魔道具の運用方法を変えたように、掃除機や洗濯機などの生活に身近な変化をもたらす製品の発明は、貴族程度に収まっていた魔道具の利用者を、一般の庶民にまで拡大したのだ
もっとも扱う製品は、ロディテクス社にしか生産不可能な製品ばかりではない。自動掃除機など、いくつかの商品は他の商会によって模倣され販売されている。
しかし、それらの売上も他の魔道具商会の追随を許さないものとなっていた。
まだこの文化圏にはその概念は存在しないが、ロディテクス社はブランドを形成し、いまや基本性能以上の付加価値を手にしていたのだ。
そうして現在では、社の製品を持っているということ自体が、ステータスとしての意味を持つようになっていた。
ロディテクス社という、奴隷少女の単純労働から始まった企業は、社の代表という肩書きだけで、著名人となり得るまでに成長したのである。
ロディオの乗った馬車が着いたのは、王都に存在する学園だった。
王立の国が運営する唯一の学園であるため、単に"学園"あるいは王立学園と呼ばれている。
王立学園には貴族の子女が多く在籍し、魔法や科学、人文学などの一般的な学問を修める他、シェンドールの貴族文化や慣わし、力関係を学んでいる。
そのため、学園内では身分差はあれど、不敬があっても罰せられないという特殊なスタンスとなっている。子供が学ぶ場として、失敗しても挽回が可能であることが重視されているのだ。
王立学園には平民の生徒も存在するが、実際には貴族出身の生徒とでは扱いは歴然である。
そして学園外の影響力が内部に反映されるということは、学園外での身分以外の力関係もまた交友関係にも影響するということでもある。
「ヘイロー準男爵! ぜひとも我々のサロンに!!」
「今年入学の妹がいるのですが、入学前に御交友を深めるのはどうでしょう」
「準男爵様!」
準男爵と呼ばれたロディオは、その力関係において、少なくも学生の段階では最高位に等しい存在であった。
ロディオ・ヘイローは、準男爵というもっとも低い地位とはいえ、貴族に叙爵されていたからだ。
学園に通う生徒たちのほぼすべてが、貴族としての位を継いでいないことを考えれば。現役の貴族であるロディオは、王太子などの一部を除き学園内では最も位が高い人物ということになる。
もちろん、卒業後を考えれば、ロディオも安易に高圧的な態度を取ることはできないが。
そして、ポッと出の優位な存在は、うとまれるというのが相場。
ただ囲まれているだけのロディオに対して、敵愾心を抱くものもまた少なくなかった。
「たかが準男爵でしょう? 何をあれほど躍起になって、……見苦しい」
「数千人の軍人を救ったとも言われる、あの、ロディオ・ヘイロー準男爵をご存じないのですか?」
ロディオが爵位を授与された理由。
それは抗生物質の発見だった。
ロディオにより発見、抽出された抗生物質は、西部の前線や東部の狩猟へ軍事物資として供給され、呪いではない病を根本的に治療可能であるという特性から、これまで見捨てられていた数多の傷病兵を救うこととなったのだ。
その活躍は大いに高く評価され、ロディオは未就学でありながら叙爵されるという、他に類を見ない出世を果たすこととなったのである。
「そんなわけないでしょう? ただ、今はちやほやされてる彼も所詮、学園内では高い地位というだけよ。外ではああはならないわ」
「たしかに侯爵令嬢たるリリア様から見れば準男爵なんて木っ端もいいところかもしれませんが。ですが、貴族としての位を差し引いても、今や王国一の商会を率いる、あの、ロディオ様ですよ」
「随分と贔屓するのね。そういえば、あなたの家にはダンジョンがあったかしら」
「……ええ、そうです」
「あらそう。それはあのロディテクスと深い関係がありそうね」
結局、ロディオがひたすらに絡まれ続けるという状況は、しばらく続くこととなる。
そんな在校生に囲まれていたロディオのもとに現れたのは、黒髪に幸の薄そうな顔立ちをした少女だった。
ロディオの実の姉である人物、アンネ・ヘイローだ。
ロディオの周囲に集まっていた生徒たちは、急に居心地の悪くなったかのように掃けていく。
それは、アンネがロディオの姉だから、という理由だけではなかった。
「よく来たわねロディ、王立学園にようこそ。生徒会としても歓迎するわ」
アンネの袖には、目立つ黒金の腕章。
生徒会のメンバーであることを示す証が縫いとめられていた。
アンネはヘイロー家にいた頃の影の薄さとは打って変わり、学園では目立つ存在として生徒会の一員となっていたのだ。
業績を残したロディオの影響も小さくないが、大きな部分はアンネ自身の努力、成績によって認められた部分が大きい。
「知ってるだろうけど、ウリアは既に着いているわ。あの子と事情が違うのはわかるけれど、入学式なのだからあなたも早めに準備なさい」
「わかってるよ、姉さん」
アンネにせかされたロディオはせこせこと王立学園の門戸をくぐった。
◇
僕は今、岐路に立っているのかもしれない。
ここ数年間。僕はずっと、科学者を目指してきた。
マッドサイエンティストこそ僕が目指すものだが、マッドになるにも技術が足らない。だからこそ、ひたむきに科学に邁進を続けていたのだ。
しかし、その結果がどうだろう。
「見て、ロディオ様だわ! 王国の医療を救ったという英雄よ!」
断じて言うが。
これは辛うじてサイエンティストではあっても、マッドじゃない。
確かに僕は、魔法はともかく科学に関してはこの国随一のものを手に入れたし、魔道具の売上で富を、独占的な立場によって権力を手に入れた。
密かに僕の動かせる範囲は、もはや国家予算級の規模となっている。
国家を揺るがす富と権力、そして技術力!
ああ、それは悪役に相応しいものだろう。
ただし、キチンと悪用すれば、の話だ。
王国の英雄と呼ばれるのが、マッドサイエンティストという悪役の姿か?
違うはずだ。
そう、今の僕は岐路に立っている。
マッドサイエンティストという己の夢を追うか。
現状で満足して、危険を冒さないか。
「ご主人様。我ら"アカデミア"王都支部組一同、王都へのご来訪を心より歓迎いたします」
シュバッという擬音語がつきそうな勢いだった。
いつの間にやら人影の減った、僕の歩く廊下の物陰に、突如現れたのは王都に置いてきていた僕の(たぶん)部下の1人だ。
いや、よく見ると天井に張り付いていたりとか窓際に佇んでいたりとかに、謎にカッコよく何人も集まっている。
悪いけど、見覚えはあまりないのだが。皆、学生服を着ているので、この学校に潜入しているのだろう。
アカデミア、というのは僕が適当に名付けた武闘派の裏組織である。
マッドなサイエンティストな実験を進められるようになったら、いつかうまく活用できたらいいなぁ、と思っていた。
なんかこう、あと少しで黒幕のマッドサイエンティストを倒せるッ……って時に後ろから刺して、シーンを盛り上げる感じの役割だ。
まあぶっちゃけ、治療した傷病奴隷などでも武闘派で使いづらかった面々に、適当に役割付けしただけである。
一応、ロディテクス社のライバル商会への裏工作や、密かな護衛などを指示したけど。そのあたりのスパイ工作的な方法はよくわからなかったので、丸投げしただけの形式的な窓際部署だ。
何はともあれ、ロディテクスという母体の社長が来た以上、とりあえずカッコよく取りまとめたのだろう。
「研究所の移転の状況は?」
「はっ、全て滞りなく。マドニス女史を学園教授に据えてより、十分な時間をかけて準備させていただきました故」
え、マドニスの次の仕事が学園の教授になったとは聞いていたけど、それってアカデミアの工作のおかげだったのか。
……、っていうポーズか。
「入学式後の内々の晩餐会をご準備しておりますが、いかが致しましょう」
「あー、まあ行くよ」
内々の晩餐会……、身内の夕食が準備されてるってことか。
一々迂遠な言い回しをするなぁ。
「かしこまりました。生徒会らとの打ち合わせ等あると存じますが、ご随意に参加ください」
「生徒会との打ち合わせ?」
「首席の生徒にはそのようなものがあると……」
「……ん?」
「……?」
なんか大きな行き違いがある気がする。
「僕じゃなくて、首席なのウリアなんだけど……」
「…………」
ちなみに僕が首席じゃなかったのは、国語と歴史がボロカスだったからだ。
「……も、申し訳ありませんッ!! ケジメとして指……いや、腹を切ってお詫びを!!」
「いやいやいや! そんなの別にしなくていいから! 予定通りだから!」
「ハッ! もしや御力をなるべく隠すためにウリア様を身代わりに……!」
御力隠すの結構もう遅すぎると思うけどな、それ。
思いっきり噂されてますけど。
この、何人も集まってるくせに最初に見つけた1人しかなぜか全く喋らない謎チームの相手も、そろそろいいだろう。
「そろそろ行くよ。入学式も近いからね」
「お時間をいただき、失礼いたしました。どうぞ行ってらっしゃいませ」
最後まで他の人は口を開くことのなかった謎チームに見送られ、僕は入学式の会場へと急いだ。
早くしないとアンネ姉さんにどやされる。
イレギュラーもあったけれど、話を戻そう。
マッドサイエンティストか、ただの科学者で満足するか。
そんなの最初から決まってる。
マッドサイエンティストというのは、往々にして目的と手段がひっくり返る者達なのだ。
ここからだ。
僕のマッドサイエンティスト道は、紆余曲折の末、ここから再出発を迎えるのだ。
―――――――――
あとがき
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。また高評価、応援、コメント等によるご支援いただきましたこと、感謝いたします。
本小説はこの話をもって【第一章】完として、一旦の区切りとし、完結とさせていただきます。
【第二章】については、別の小説の執筆にとりかかる予定となっていますので、特段の高い評価を頂いた場合などを除き、とりあえず未定となります。
長らくのご声援、ありがとうございました。
明日なる僕はマッドサイエンティスト: 異世界で狂気の天才科学者を目指したけど、凡人な僕は被検体を無下にすることなんてできませんでした 小南ミカン @RuiLo
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