第43話 モネの組織片の再生医療


 僕が奴隷の中でも傷病をもった奴隷を求めていたのは、抗生物質の実験のためだけじゃない。

 それは怪我の後遺症が残った奴隷を治す手法にも、目途がついていたからだ。

 ありていもなく言えば、求めていた奴隷は結局その実験台である。



 神呪と呼ばれるらしい謎の病に罹っていたモネから、僕は多量の生体組織を切り出していた。

 そして、彼女の治療と並行して、その組織片についての研究を進めていた僕は、これに利用法を見出していたのだ。

 それが組織再生への応用である。


 実を言えば、この世界の魔法技術を使えば、四肢の再生だって行うことができる。

 ただし、そのコストは尋常ではなく高い。

 まず、そんな魔法を使える人材が少ない。この時点で相応のコネが必要な上、当然タダで治療してくれるはずもなく高額な医療費を求められる。

 一般人どころか、貴族すら手が届かない治療なのだ。……なんかこんな感じの説明をした治療法が前にもあったような? まあいいや。



 僕が発見した手法では、培養したモネの組織を利用すると、治癒の魔法を増幅させて四肢の再生レベルの回復力を簡単に得られることが分かった。

 モネの治療中に【祈祷療術】を掛けたとき、望んでもいない過剰肢の再生が起きていたが。その結果を、他の生物でも再現できたのである。


 このとき、モネの組織片は触媒に似た形で作用する。

 なので、再生された組織はあくまで回復魔法を掛けた対象由来のものとなる。

 これはかなり好都合で、理論上は再生後に炎症が起きたり、拒絶反応を起こしたりしないし、免疫抑制剤を飲み続ける必要もない、ということになる。


 まあ実際には、残留したモネの組織片によって免疫応答が引き起こされる。

 ただそれも、組織全体がドナー由来となっている場合と違って、免疫によって移植組織が排除されれば、それ以降の拒絶反応の心配はなくなるのだ。

 まあマウスの実験では、残留した組織片による急性の拒絶反応だけで死亡した個体もいたけどね。

 残念ながら、前世では糖鎖などが関与していた自己認識シグナルが、1ミリも解明されていないこの世界では、これ以上のリスク軽減は望めないだろう。



 正確に言えば、モネの組織片は最終的に免疫によって排除されてしまうため、触媒ではなく使い捨てとなる。

 というか仮に再利用が可能でも、さすがにそんな運用はしなかった。感染症が怖すぎる。

 しかしながら使い捨て、ということは、組織片は僕が培養した物を治療のたびに消費する必要があるというわけで、結局のところ再生を行う魔法と同じくコストは高い。僕の人件費を計算に入れなければ安いと言えそうだけど。


 じゃあ何が優れているかと言えば、だれでも使えるということだ。

 【祈祷療法】を刻み込んだ魔石とセットで運用すれば、使用者はただ魔力を込めるだけで再生魔法レベルの高度な医療を受けることができるのだ。



 ◇


 プスリと肌を煮沸消毒された針が突き立った。

 モネの細胞が充填された注射器には、糊で雑に取り付けられたような魔石が備えられている。



 僕がリハルドの奴隷商会で購入した奴隷たちが、傷病奴隷として扱われていた理由は腕や足などが欠損しているなど様々だが、まあ安かったのでまとめ買いだ。

 それから僕の研究室に連れ出して。

 現在は前述の再建技術の、人間での実証実験へと移っていた。



 注射器のシリンジが殻になるまで押し出されると、被験者である奴隷は魔石を握って魔力を込めた。


「これで……。って、あれ?」


 僕の【祈祷療術】が魔道具として刻まれた魔石は、たしかに淡い光を放って回復の魔法を発現したはずなのに、いくら待っても奴隷の腕が生えることはなかった。


 流石にネズミから人間は一気にステップアップし過ぎだっただろうか。

 二者には回復する組織の大きさにも、進化的な距離にしても、大きな違いがある。


「いや。ああ、そっか」


 しかし、僕に思い当たるふしがまるでなかったかと言うと、そうでもなかった。

 ネズミでは技術的に検証不可能だった、とある懸念点に関して、僕は心当たりがあったのだ。


 それは再生部位に自然治癒途中の創傷を負っているかどうかだ。

 ネズミで実験していた際には、注射針が大きすぎて創傷と言えるほどの傷口があいてしまっていた。

 その傷口を魔法で治すにしてもモネの細胞は反応してしまうし、放っておけば今度はモネの組織片の方が持たない。というわけで、検証できていなかったのだ。



 僕は、大型のナイフを持ち出した。

 ノコギリと合わせて、モネの過剰肢を切除するためにも使っていたものだ。


 モネはなぜか気合で耐えたが、本来、四肢の切断レベルの苦痛では感染症や出血以外にもショック死の危険が伴う。

 なので、僕としてもあまり本意ではないのだが、施術がキチンと作用しなかったのなら仕方がない。



 僕はそんな言い訳をしながら、ナイフを奴隷の欠損した腕先に向けて振り下ろした。



 こんな拷問官を務めている気分になるのも久しぶりだ。

 麻酔のないこの文化圏で、絶叫をあげる被験者を押さえながら、僕は先ほども使っていた魔石の付いた注射器をとりだした。


 さすがにこんな状態で、自分で注射器を刺して、自分で内部の液を注入して、自分で魔力を注いで云々といったところまでは任せられない。

 コンセプトを実現するためにも誰でも自分一人でできるという形にもっていきたかったが、こうなってしまったのなら、僕が外部の手としてやってあげるしかないだろう。



 注射器から細胞の含まれる液を注入し、魔道具を起動。

 はたして、被験者の腕は強い光と共に再生した。


 やはり、再生にはケガないしは切開した部分があることが必須ということだろうか。



 しかし、この推測には否定的な症例がすぐに現れた。


「ナイフで切るだけでは、ダメみたいですね」


 作業の簡素化のため、なるべくコンパクトに施術するように、部分的な切除ではなく、皮膚を切りつける浅い切開を行ったところ。再生は進まなかったのだ。


「ああ。単なる傷じゃなくて、切り落とされたという認識することが重要みたいだね」


 僕の治験の手伝いのため、今も患者を抑えたりと活躍しているモネに、僕は答えた。


 しかし、これはどうにも魔術的な理屈だ。

 切ったかどうかの被験者目線の自認識が重要なのかもしれない。


 まあ、ネズミの実験で切除から日が経っていなければ、どんな状態でも再生が進行することはすでにわかっているから、今後は問題になる話じゃないし、というわけで。

 今のところは使えればいいので、具体的にどのような条件であれば、キチンとした再生が進むのかは調べる気はないが。



「どういう法則性なのか、もうわかっているのですか?」

「まあ多少は、ね。軽く理屈を考えるなら、被験者が『治った』と考えているかが中心にある、って感じかな。つまり、そうだなぁ……、ピアスの穴は傷痕かっていう話だよ」

「ピアスの穴?」


 オウム返しされたが、もしかしてピアスという存在をご存じないのだろうか?


「ピアスっていうのは、人間の体に穴をあけてそこを通すような──」

「いえ、さすがにそれはわかります」

「あっハイ。じゃあ。被験者に、ピアスの穴があると考えたとき、そこに回復魔法を掛けたなら、ピアスの穴は治すべき傷って認識されると思う?」


 モネはしばらく考えるようなそぶりを見せた。


「回復魔法を使われるたびに、ピアスの穴がふさがってしまうのは単純に不便ですよね? 実際そんなことはおきてませんし」

「そう。回復魔法には、そもそもそこで患者側の自認識が関わってくるんだ」


 ピアスのような装飾品はこの文化圏でも一般的なものだ。

 回復魔法があるからと言って、それらが避けられているわけじゃない。

 なんならヘソピアスのような装飾品だって、一部の界隈では見ることができる。


「多くの人がつける耳のピアスなら、無意識に確認されている、と考えることもできるかもしれないけれど。実際には、パッと見で目に映らないところにピアスを付ける人だっている」


 モネの顔は、へぇそんな変なピアスもあるんですね、とでも言いたげな様子だった。


「そうした、目に見えないところにあるような、ある意味古傷にも、作用しないのが回復魔法なんだ。そしてその違いには、患者側の自己認識が深く関係している傾向が、今回の再生実験にかぎらず回復魔法の研究全般で示されていて……」

「……それで、それが今回とどんな関係が?」

「今回の怪我も、古傷だというのが重要だったんだ。彼らの認識では、腕がないとかいう損傷はすでに怪我ではなくて、"そういう風に自然治癒したもの"、となっていた」

「つまり、腕がないというのが、ピアスの穴と同様に、治す必要のない古傷と認識されていたということですか?」

「そゆこと」


 逆に言えば、できて間もない四肢欠損級の怪我には作用するということで。

 少なくとも僕の周りでは、そんなに深く考えずに、怪我人にこのモネの組織を利用した治療を施せば、何も問題ないということである。



 それでも疑問が残らないわけではない。

 例えば、今回の施術でノコギリではなくナイフだけで済ましたように、骨まで切ったわけじゃない。

 となると、患部には新しく作られた組織の骨と、それまであった骨との間に、一部肉が挟まることになってしまう。単純に考えれば骨が接続されずに宙ぶらりんになってしまうし。

 欠損した断面の骨はいびつになっていることも少なくないが、そのまま接続すれば治療後の骨は歪んでしまうはずだ。


 しかし、実際にはそのようなことは起きない。

 なぜだか、うまく接続がされるし。なぜだか、きれいな骨の形に治る。

 ファンタジーだ。この作用機序は僕の手に余るので、後々の僕かそれ以降の研究者に託すとしよう。



 僕はそのあとも、次々と傷病奴隷たちの欠損修復を行っていった。





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