第39話 奇病の正体

「どうして……? そんな……」



 何日もかかった大手術も終わった──というところで、大きな悲報がある。

 少女の病は再発したのだ。

 なんというか、掛ける言葉が見つからない。


 いや、予想できなかった話ではない。

 僕の施術はあくまで対症療法。生えてきたものを切り取るというだけのものだった。

 根本原因に踏み込んだわけじゃない。


 それでも奇形腫などが原因なら、一度手術で取り除いてしまえば、それで完治となるところだが。少女に一番最初に会った時に触れた通り、彼女の病気は未知の病。

 こういうことも起こりうるとは、頭の片隅では思っていた。


 けれども。それがまあ、数日で再発したとわかるほどに悪化するとは、考えていなかったのだ。

 これが僕の、常識という名のしがらみなのだろう。




 新しく生えた過剰肢は、皮膚を突き破るようにして生えていた。

 おそらく、僕が見ていたものは、その突き破るときの傷が完治した後のものだったのだろう。


 ただ、転んでもただ起きるだけで済ます僕ではなかった。

 今回の出来事から、彼女の病について得られたものが2、3存在する。


 まず。新しいサンプルが手に入ったことだ。

 冷徹なようだが、またしばらく実験材料が尽きることにおびえなくて済むようになったのは、それはそれとして喜ばしいこととして間違いない。

 手術が終わりに近づいて、研究のために保管したオリジナルの組織片も随分と少なくなっていたのだ。



 次は僕だけじゃなく彼女にも役立ちうる情報だ。

 まだ推測の域をでないが、それは。少女の奇病は科学的なものではなく、魔法が主として関わっているということ。

 単純な五行法則で語れるような魔法ではないので、呪いの類だ。


 未知の病気なら、何でも起きる可能性はあるんじゃないかという意見もあるだろう。

 しかし、それについては否定できる。


 実は、僕は手術を進める上で、少女から採取した組織片の重量を計測していた。

 本音を言えば、食事量から排泄量まで計測したかったところだが、流石の僕にもそんなことは学術的な裏打ちもなしに真正面から頼めない。

 ただ、それに対しても僕は代替手段を考えていた。彼女が今も上に乗っかっている手術台は、単純な仕組みだが体重計となっているのだ。


 流石は僕だ。先を見据えている。

 ……ホントはただの体調管理のためだけど。


 この組織片の重量と彼女の体重の推移から一つの結論が導けた。

 それは、彼女から生えた過剰肢は、一般的な質量保存の法則を無視した存在で。魔法で作られたものであるということだ。


 通常の病であれば、仮に一日で腫瘍ができてしまうような病があったとしても、それは細胞増殖に依存する。

 ということは、体重変化は所詮、食事量を大きく越えるようなことはない。

 少女が先日、謎の暴飲暴食を始めた訳もなく。彼女の体重増加は科学的な医学では説明がつかないのだ。


 そのうえ、切除した組織片と、体重の増加量がおおまかに一致するというのだから、もう確定的だろう。


 ここでようやくにして僕は、彼女の奇病が魔法由来のものであることを確信を持って言えるようになったのだ。



 ところで、魔法のある世界において、病気とはなんだろうか。

 呪いとの違いは?

 魔法や魔力が関係するような、この世界特有の病気はあるのだろうか。


 こういった問題を考える上で、この世界の病には実用性も兼ねて大きく三つの分類が存在している。

 一つは単なる"病気"。科学的で魔法が関与していない純粋な生命現象だ。

 次が、"呪病"。これは病気に呪術的な効果が付与されたもの。

 最後に、"呪詛"。呪病から、もはや病気の原型がない呪いそのものとなった病だ。


 例えば、季節性の風邪なんかは純粋な病気に分類されると思われる。

 一方で、多くの病には多かれ少なかれ呪いが付与されているのだ。

 そうした呪病は、やがて症状だけが呪いとして残され、感染症も何も関係ない純粋な呪いとなる。


 この世界には魔法があるのだから、病なんて魔法で直してしまえばいいと考えるかもしれないが。それは甘い。

 単純な話で、治癒の魔法に抗するように、呪いが悪影響を与えることで、最終的には前世に近いような環境が作られているのである。



 魔法の原型とは、僕が【祈祷療術】を発現したときのように、純粋な願いだ。

 そして、病とは多くの人間にとっての死因であり、人を死に近づけるそれは命を賭した願いとなりうる。

 けれども、その願いは必ずしも完治を願うものではなく、恨み辛みすらも新たな魔法、呪いとなってしまう。

 これが呪病と呪詛の起源だ。


 対応する治療法も病気と呪詛ではそれぞれ異なり、怪我などを治す回復魔法から呪いを破る神聖魔法、五行の魔法理論的には命から聖の属性が対処法となる。

これらを全て習得していればその限りではないが、そんな人材は医学のトップ層だけだ。一般人どころか僕ら貴族でもそうそうお目にかかれない。



 さて、振り返ってみると、今回の奇病の少女は、呪詛の症状に近いだろう。

 奇形種のような病と考えても、その大本たる組織をすべて取り除いても再発するのは、医学的に不可解だ。


 となるとこの病は、曲がりなりにも科学者たる僕の専門外……となるわけだが。

 折よく僕の近く。具体的には壁を隔てた隣の部屋には、その道の専門家がいる。


 もったいぶることもない。

 ウリアのことだ。


 ◇


 というわけで、奇病の少女をウリアに診せてみた。


 相変わらず気味の悪い部屋に生息しているウリアは、二つ返事で少女の検診をしてくれた。

 見たこともない呪いとおぼしきものに罹患した少女を見て、ウリアも興味を持ったのだろう。

 少女の方は、蟲がガサゴソしてる様子に終始引いていたけど。


「これは、たぶん呪い……、だったもの」

のもの?」


 それがウリアの見解だった。


「うん……。呪いというのは、邪の属性とみなされる部分が多いから、聖の属性に反発するの。……人に掛けるような呪いは特にそう。だけど彼女に掛けられている呪いはそうじゃない」

「なんで一目見るだけでそう言えるんだ? 知ってる呪い、というか病だったのか?」

「私の持ってる"信託官"のジョブには、そういうのを判断できるスキルがあるから……」


 ウリアは首を振って答えた。


 そんなジョブを持ってたのか。

 てっきり、"呪術師"とかそんな感じのジョブだけで固められていると思っていた。


「それで、"呪いだったもの"ってのはどういうことなんだ? わざわざ過去形にしてるくらいなんだから、呪いそのものじゃないんだろう?」

「そう……。彼女にあるのは呪われた神の祝福。神より与えられた恩寵が呪いによって歪んでしまった、あるいは呪いの方が恩寵によって歪められたもの」

「わたしに、神の恩寵……」


 ステータスも持たない無名の少女にとって、神なんて縁遠いものに感じられているのかもしれない。

 何か不思議な力が宿ったかのように、彼女は視点を自分の手に下ろした。


「正確には、呪いか恩寵、どちらが先だったのかはわからないけれど。今となっては混ざり合い、分けがたいものとなっている。……だからそう、あえて言えば神呪とでもいうべきもの。私も初めて見た」


 医者のまねごとをしていたのに、急に神の話になるなんて思ってもいなかった。

 まあウリアはもともと結構スピリチュアルだから、大仰に話しているだけかもしれないけれど。



「それで、その神呪はどうやれば解けるんだ?」

「解けない」

「エッ」


 ウリアらしからぬ即答に、僕は驚いた。

 奇病の少女も涙目だ。


「どうにか治す方法はないんですか?!」

「さっきも言ったように、呪いは邪の属性……。だからこそ呪いを破ることができる魔法が存在する。……だけど神呪には反対の聖の属性も含まれるから。すると神聖魔法も効かなくなる」


 二元理論も通用せず、五行も通用しない、強力な魔法となってしまっているということらしい。

 前にさらっと触れた太元と呼ばれる系統の基本概念だ。唯一神的な一つから世界のすべてが生まれたとする観点。

 神呪と呼ばれた彼女の病は、空想上とされているそれに、なぜだか辿り着いてしまっているらしい。


 だとすれば、少女に対してできることは、対症療法的に対処していくしかないということか。


「ただ、呪いを破るということじゃなければ……、ある意味治すと言うことのできる方法はある」

「そんな方法が……。教えていただけませんか!」

「そんなに、大きな声を出さないで頂戴……。仕組みは簡単。呪いに罹って困っているのであれば、罹っても困らない呪いにすればいい」


 ウリアの提案は、これまた根治ではなく、ある意味僕がやっていたことと同じだった。

 結局、症状の緩和しか方法はないということだろう。


「呪いをあとから書き換えるってことか。でも術者でもないのに、ましてや元がどんな呪いかもわからないのに、そんなことできるのか?」


 呪詛返しとか、同一視とか、なんかいろいろと僕には理解しがたい前世の魔術のような価値観のはびこる呪い界隈でも、術者じゃなければ呪いの術式は大変に改変しづらいということくらいは、僕も把握している。


 そこから生まれた疑問に、ウリアは断言するように答えた。


「できる。貴女に掛けられている呪いが変質した今、術者となる存在はいない。だから誰でも干渉できる」


 そうなのか?

 まあ確かに納得できるかもしれない理屈だ。

 科学というよりは、哲学とか法律学に近いような話だけれど。

 呪いの専門家がそうおっしゃるのだ。そうなのだろう。


 まだある程度科学の常識が通用する通常の魔法と比べ、呪術の分野は理屈や納得感といった人間の価値観が色濃く反映される。それは実際に、呪いの効果として成立してしまうほど。

 つまり、『そうかもしれない』と捉えられること自体が、呪いにおけるその理屈を強固にする。


 ここまでは良しとしよう。


「で、具体的にはどうやるんだ?」

「知らない」


 オイオイ。

 ここまできて、それはないだろう。


「でも、ロディオは一度症状を緩和させたと聞いた……。だったら似たようなことで、呪いのルールを破らなければ干渉できるはず」

「呪いのルールか」


 手術開始から、もっと言えば奇病の少女が何者かに過剰肢を切り取られてから、手術がほぼ終わるまで、呪いは再発しなかった。

 そう考えると、メスを入れたり、組織を取り去ったりということ自体は、再発の条件には含まれていないということだろう。

 最後とそれまでの違いが、何かのルールに抵触してしまった、ということか。


「まあ、でも。今回の場合はわかりやすくて簡単。ロディオが全部呪いの核となるものを取り除いてしまったから……。普通、呪いはそれ自体への阻害に対して、なんらかのペナルティーを配置するもの」


 ちょうど今、考えていたというところで僕は、その、わかりやすくて簡単な答えを導き出す前に、ウリアに答えを言われてしまったわけだが。

 おかげで、奇病治療の大まかな方針は立てられた。



「ありがとうございました。ウリア様」

「ありがとう、ウリア」

「……姉さん」

「──そう、ウリア姉さん」


 僕はお礼をいって、ウリアの部屋を去った。


 今回は、特に何も請求されなかったのは意外だ。

 多分、それだけウリアにとっても、奇病の少女の呪いが、見た価値のあるものだったのだろう。






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