第37話 治療の方針
魔法を習得して、僕のできることは格段に広がった。
できることが増えたら、いろいろ試したくなるよね。
というわけで、様々に試してみた結果、わかったことがある。
魔法というものをいくら探究したところで、現実の科学法則はわからない、ということだ。
例えば水を扱う魔術について考えよう。
今の僕には、結構簡単に水の塊を生み出すことができる。
こうやって、マドニス女史から伝授された、魔法における水の定義を、魔力で現実のものとしてやれば。
僕の手元には、球の形となって何もない空中に水が浮かんだ。
しかし、僕が生み出したこの水。
正確に言えば水ではない。
だいたい何で浮かんでるんだとかそういう話は置いておこう。
魔法、特に水などを生み出す魔法を学んだ際、かなり注意されるのが、魔法で生み出した水は原則として飲んではいけないことである。
と言っても。実はぶっちゃけ、飲んでも死ぬことはないが。ある意味死んでしまうので、僕も自分の体では試してないし試すつもりもない。
突然となるけれど、アブラソコムツやバラムツといった魚はご存知だろうか。
これらはある理由で有名だ。
知っている人は察することができるだろう。
そう、言ってしまえばかなりひどい下痢になるのだ。
死ぬと言っても、それは社会的な死。ケツからうんちの溶けた吸収不可能な液体が流れ出し、人としての尊厳を失うのである。
検証としてネズミの一匹は犠牲になったが、彼も一度うんちを垂れ流して、ネズミとしての尊厳をたぶん失った後、死なずに今も元気にしてる。
魔法で生み出した水が飲んでも吸収できない原因とはなにか。
結論を言うと。
魔法の水は、H2Oで知られるようないわゆる水とは、特に化学や生化学的な性質の面で異なっているのである。
これは単純に化学反応を再現できていないため、と言うこともできる。
じゃあ、科学を知っていれば、水を詳しく再現できるかと言われれば、そんなことはない。
僕のように水がH2Oだと知っていたとしても、水の構造はそれで終わりではないのだ。
単に水と言っても、水分子同士の相互作用だって存在するし。水素や酸素原子を取り巻く電子雲が、水分子の中でどのような形状をしているかも、水の構造に含まれるだろう。もっと言えば水素や酸素の原子核を構成している陽子や中性子は、さらに細かい素粒子に分けられるし……。
となると、僕はそこまで水を知らない。
なので、宇宙の真理でも解き明かさない限り、魔法で生み出される水は、真なる水になることはなく。人間の知っている範囲で定義された魔法の水にしかなり得ないのである。
結果的には、飲み込めば体に吸収されずにお尻から漏れてしまうし、水を加えれば進行するはずの化学反応も、多くが意味をなさないことは変わらないのだ。
話は初めに戻り。この事実は、魔法で現実の科学法則を解明できないということに繋がる。
つまり、魔法で生み出して観測された現象は、あくまで魔法という解釈の中での現象であって、まだ自然法則として知らない現象は起こりようがないのである。
言うなれば、魔法はパソコンのソフトウェア上で再現された仮想世界のようなものだ。
いくらソフトウェア上の世界をこねくり回しても、そこで見られるのはあらかじめプログラムとして導入された現象だけ。それで現実の科学法則を新たに知ることはできないのだ。
まあ、社会法則とか論理モデルとかは導き出せるかもしれないけど。
しかし、ここまで続けた魔法の水は現実の水ではない理論の説明は、あくまで一般的な例の話だ。
こうは思わないだろうか。
魔法で生み出した水が飲めないって、不便じゃね? と。
この世界にかつて存在した人々も、同じことを考えた。
必要は発明の母、というわけで。
その結果として実を言えば、飲んで吸収できる魔法で生み出された水というのは存在する。
主に考えられているのは2種類で。
一つは単純に、元からある由緒正しい水を利用することだ。
まあ、水蒸気を集めることである。空気中に存在する水蒸気を把握していないこの文化圏の人々は、これを水を生み出す魔法だと考えているのだ。
もう一つが魔法的には重要で、すでにある物体をそっくりそのままコピーして再現することだ。僕はこれを"模出"と呼んでいる。
日本語を知らない外国人も、なぞれば意味も知らない日本語を書けてしまうように。
なんか難しい宇宙の法則なんてカケラも知らなくても、そこにあるものを再現すれば、真なる水を魔法で生み出すことができてしまうのである。
もっとも、これで先程まで言っていた『魔法を知ることで科学法則を知ることはできない』というのが、否定されるかと言えば、そうではない。
真の水が再現されたところで、それは単なる水と同じなのだから、科学的性質はまったくと言っていいほど同じだ。
それを探求するのは、水を科学的に探求するのと全く同じことなのである。
非常に長い前振りとなったが。
なぜこんな話をしたかと言えば、回復魔法の話をしたかったのだ。
回復魔法というのも魔法である以上、これまでの説明が当てはまる。
じゃあ回復魔法で復元された人体の一部は、一体何なのだろうか。
前までの僕であれば、『神様が何とかしてくれた』とすましていたのだろうけれど。
魔法を知った、今の僕は一味違う。
僕が出した結論は。
回復魔法はおそらく、人体構造を模出して生成した、魔力製の組織を利用している。
というものだった。
まあ、理由としては単純で。
通常の魔法の水を、人体が吸収できないのなら。回復魔法で生成された組織だって適合しないだろう、ということである。
消去法的に模出が行われているとされた回復魔法だが、それでも多くの疑問が残る。
例えば魔法の効果が切れるのはいつなのだろうか。とか、シワや指紋なども再現されるが、それらの情報は何処からきたのか、とかいう疑問である。
これらの問題には、僕は改めて示す必要があるだろう。
神様にお祈りしたのです。
さて、推察の話をやめて、現実の話をしよう。
僕が突然、意味もなく水の玉を宙に浮かべたりしたのを、怪訝な表情で窺っている奇病の少女。
問題は、彼女に回復魔法をかけた時のことだった。
傷口を洗って、清潔にした後。
僕は手っ取り早く回復させるため【祈祷療術】をかけたのだ。
すると、彼女から生えていた過剰な部位が強く反応。
まるで毛が伸びていくかのように、切り取られた断面が押し上げられ、手足や指が再生され始めてしまったのだ。
それも元の奇病の状態へと。
僕の予想では、こんなことにはならないはずだった。
【祈祷療術】に多少、秘めたる能力があってもおかしくないが。
これまで僕が行ってきな実験では、基本的に【祈祷療術】では、四肢や指などの組織再生は不可能というのが結論だった。
傷口を塞ぐ、という程度のものだったのだ。
世の中には、四肢再生のような回復を実現する、夢のような魔法もあるらしいが。魔法をそこそこ習った身としては眉唾ものだ。似たような伝説は前世でも枚挙にいとまがなかった。
だいたい、そんなものがあるのなら、義肢の魔道具なんて存在しないだろうし。時間を戻して接着するなんて回りくどいことをする必要もない。
仮にあったとしても、秘匿されているか、相当レアな能力なのだろう。
しかし、現実としてそれを何故だか実現してしまう実験体が、目の前にいる。
傷口である断面を軽く塞げばそれでよかったものを、ついでに指先までキッチリ回復してしまう、もはや困った性質を持つ少女が。
僕は今、彼女の対処に困っていた。
一時期、かなり危ういように見えた彼女は、今となってはかなり元気に回復した。未だに名前は教えてくれないけど。
傷口はまだ生々しく残っているが、僕の『除菌フィールド』の中であれば、感染症に罹ったりはしないだろう。
であればこそ。
僕には今、いくつかの選択肢がある。
まず、【祈祷療術】でパパッと回復させてしまうこと。
奇病の方も元通りとなってしまうが、この狭い部屋で身動きの取れない状態からすぐに離れることができるだろう。
だが、彼女はあまりそれを望んでいないようだ。
次に、自然回復を待って、傷口が塞がるのをこのまま待つこと。
これが一番無難だろう。
悪化することもないし、過剰な組織を切り落とされた分、多少歪であっても前よりだいぶマシな人間に見える。
そして、最後。
彼女を今からさらに切り刻んで、再生の糸口となる部分を切り出し、回復魔法で正常な状態を再現できるように手術すること。
これなら、奇病の方も解決する。
除菌フィールドのおかげで感染症の危険も低いし、僕がやるのだから施術の滅菌処理も十全に行う予定だ。それでも流血があるし、手術を行う際の一定のリスクは避けられない。さらには麻酔も存在しないので、多大な苦痛を伴うだろう。
あと、当たり前だけど僕は手術免許なんて持ってないヤブ医者だ。
マッドサイエンティスト的には圧倒的に最後だけれども、やっぱり一番大切なのは、本人の意思だ。
僕がそれらの選択肢をそれぞれ紹介しつつ、説明すると。
彼女が選んだのは……。
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