第35話 無菌の発明品
僕がマドニスに魔法を習い始めてから、しばらくの時間が経った。
『魔石残量インジケータ』の売上は減少傾向にある。
ただし、これは想定の範囲だ。
経済学を勉強したわけではないので、ここで言う想定というのは数値目標というレベルにはない。が、現在までの売れ行きで、十分以上だと考えている。
売れ行きが下がったのは、インジケータが大体広まりきったから、というとても単純な理由だろう。
今後は、魔力を使い切ることで、買い替え需要が生じるまでは、販売数は一時期に比べれば大幅に低下するはずだ。
僕はこれを見越して、インジケータの生産量を減らしていた。
かわりにこれらの
その生産品は『手投げ閃光グレネード』だ。
僕の護身用くらいにしか考えていなかった『手投げ閃光グレネード』は案外、順調に売れていた。
グレネードはインジケータと違って消耗品のため、今後も一定の売り上げとなっていくだろう。これからさらに発明品を作っていくのなら、奴隷を増やすのはアリかもしれない。
ただ、広い目で見ると、現状グレネードの売れている相手は、実はあまり商売相手としてうれしくはない。
というのもそれは、主にこのヘイロー領の内需だった。
外貨の獲得手段となっていない以上、地域経済活性化としての効果は限定的だ。
まあ、ダンジョンなどでの狩猟が盛んなこの地域で、グレネードが売れているのだとすれば、実践的に使い道があるということでもある。
これは今後、外に売り出す上での自信に繋がる。
ところで、タイムリーに魔法を学んだ僕としては、閃光グレネードなんて魔法でやれば良いじゃないかと思っていた。
けれども、実際の使用者に話を聞くと、そうもいかない実態が見えてきた。
まず第一に、魔法なんてなるべく使いたくないものであること。
魔法使いを加えられているパーティーがそれほど多くなく。さらには、彼らも目眩しなんてものにいちいち魔法を使っていたら、肝心の攻撃の場面で魔力がなくなってしまう。というわけだ。
一応、本来の使用用途である万が一の脱走の時もそうだ。こちらでも魔力が残っているとも限らない。
というわけで。使い捨てできる『手投げ閃光グレネード』は意外と需要があったらしい。
魔法使いがそれほど多くはないという大前提の上。光を放つ魔道具である、という要素も重要だ。
五行の元素を思い出してほしい。
光というのは、五行で扱われる元素のうち無形元素に入り、これを扱える魔法使いは多くなかったのである。
つまり、考えていたほどに魔法は競合相手にならない。
最後に、これはまた『魔石残量インジケータ』と同じ話で、模倣者がほとんどいなかったのだ。
ハンコを押すように流れ作業で作れてしまうウチの生産体制と違い、本来の魔道技師というのは職人だ。一つ一つの仕事は、丁寧に仕上げるもの。
それを突然、大量生産しろと言われてもとてもじゃないが追いつけないものだし。仮にどうにか達成しても、タダ同然のゴブリンの魔石と奴隷たちの人件費だけを原価としているウチには敵うことはないだろう。
ちなみにゴブリンなどの下等な魔物の魔石がタダ同然というのは。これらの魔物は駆除の対象として狩猟が勧められているが、討伐証明となる魔石には利用価値がないからだ。領主として狩猟依頼を出しているヘイロー家には山のようにゴブリンの魔石が転がっているのである。
つまり僕の発明品は、この文化圏にはまだない概念だが、廃棄物の資源利用というやつなのだ。
もっとも、閃光による目眩し、というアイデア自体は既知のものだった。
魔法で出来ることなのだから、魔道具でも再現できるというのが、この世界の常識だ。
しかし、消耗品として手軽に使える『手投げ閃光グレネード』と、繰り返し使える代わりに真っ当な魔道具としてそれなりの値段がする既存のそれとでは、用途が大きく異なっていた。
投げ捨てるように使えるというのは、最初こそ勿体ないという評価だったが、今となっては逆転し、使い勝手がいいと評判らしい。
さて、ここまで僕の成果について並べていたのは、これらを一度ひと段落として新たな発明品の開発へとシフトしたからだ。
魔法で出来ることなら魔道具として再現できる、と今さっき言ったように、魔法で出来ることが広がった僕は、新たなアイデアを形にできるようになったのだ。
そして僕の今回の発明品がこれ。
「空間を区切って除菌を行うエリアを設置できる装置」だ。
名付けるなら『除菌フィールド生成機』と言ったところだろうか。
これは風の魔法を利用して、指定の空間の空気を魔法製のものに置換、さらに置換した空気の定義から空間の指定を行って、絶の属性に書き換えることで生命の除去空間を生成する──。という、まあ結構まわりくどいことをしている魔道具だ。
いや、わかる。
命の属性どうしたんだ、とか。
なんで他の属性はもう使えるのか、とか。
他にもいろいろ突っ込みたいポイントも多いことだろう。
ひとつづつ説明していこう。
まず、命の属性以外の魔法を習得しているのはなぜか。
この答えは単純で、頑張って練習したからだ。
魔法の具体的な内容のところで説明したが。五行則の魔法に従っている限り、この世界の魔法はいわば、双方が後出しする高度なじゃんけんのようなもの。
じゃんけんで「グーが出せません」じゃあ、まず話にならない。
つまり、五行の五大属性くらいはカバーしているのが最低限なのだ。逆に強弱関係が単純な無形元素は任意となる。
命の属性が得意って話はどうなったのか。
これは、絶の属性を習得するのに役に立った。
以上だ。
……。
…………ついでだから、これはついでだから解説するけれど。
さっきの例で説明すると、得意な属性というのはある種の見せ札となる。
事前に相手が自分の得意属性を把握しているなら、それに合わせた有利属性へのさらなるカウンターを考えるか。そのまま押し切るか。といった部分が1on1の戦闘シーンでの駆け引きの肝となるのだ。
だからこそ、得意属性の反対に位置する属性の把握は、僕で言うと絶の属性の把握は特に重要というわけ。
最後に。なんで、今回の魔道具は突然こんなに複雑な仕組みとなったのかについて。
それは実は、『除菌フィールド生成機』を発明品、と言い張るには微妙なラインの発明だからだ。
別に二番煎じだ、とかいう理由ではない。
これは、マドニス女史から課された課題で製作した魔道具だからだ。
授業で作ったような物って、普通、発明品と呼ぶか?という話である。
まあ僕としては、しっかりとした運用ビジョンがあって、新規開発した物なら発明品と呼んでいいと思っているので、『除菌フィールド生成機』も発明品と銘打っているが。『魔石残量インジケータ』の要改良部分とは比べ物にならないほど、僕的不満点はまだ残っている。
まず、なんかスマートじゃない。
もっと他にいい方法があるのではないかという気がヒシヒシと感じられる。
魔石も、これまでの比ではないほどランクが高いものが求められているし。
これじゃあ普通の魔道技師とやってることが変わらない。何度目かになるが、別に僕は魔道技師じゃないのだ。
もっとも、複雑な魔法という構成になっているのは、実は当たり前の話で。
というのも、マドニス女史から与えられた課題が、そっくりそのまま『高度で複雑な複数属性の魔法を利用した魔道具を考え、生成しなさい』というものだったからだ。
それじゃあ、高度で複雑で複数属性の魔法を利用した魔道具、になるのも当然である。
で。販売予定はないぞないぞと詐欺をした『手投げ閃光グレネード』と違って、今度こそ僕には、この『除菌フィールド生成機』は一般販売する予定がない。
これは、習作だから。というのも理由の一つではあるけれど。
大きな理由の一つが、除菌というのをこの文化圏の人々には理解されないからだ。
この世界にも、前世同様に細菌などの眼に見えないサイズの感染源が存在することは、僕の研究室(所属1名)ではほとんど既知の事実だが。僕にはこれを論文とか、そんな形にして世に公表する気はない。
人権派の方々には、「今現在、病に苦しんでる人を少しでも救いたくないのか?!」なんて言ってくる人がいるかもしれないが。「それマッドサイエンティスト目指してる人に言う?」って話だ。僕にとってはそんなに重要じゃない。
むしろ、学術的な名誉を受けなくていいのか、という方が重要な話だ。
すこしこれは考えたんだけど。結局やめた。
僕には前世の過去の偉人たちのように、一寸のスキもなく証明するような論文を作成する能力も、それを周囲の反対を押し切って突き通す信念もない。
僕にあるのは、それをどう利用するかっていう邪念だけだ。
現在行われている研究の延長線上にある話とかだったら、考えてもいいけれど。歴史的に懐疑的な眼差しを向けられることが明らかなものに、自分からぶつかっていくのは、まっとうな科学者のすることで十分だ。
それは後世の人に託すとしよう。
ん? いいことをひらめいた。
なんか気概もっていそうな人を見繕って、その人に嘯くとかいいかもしれない。
真実で人を操り、闇で暗躍する科学者。
ディープでステートを感じるステキなマッドサイエンティストの匂いがするな!
しかも、科学も進んで、その人も遠い将来には高い名声を得られる。一石三鳥だ。
これは僕のやることメモに書いておこう。
話が随分とそれてしまった。
この『除菌フィールド生成機』。実は、周囲から見れば、結構な失敗作だ。
なにしろこれは、目に見えない何かを排除するという、こっちの文明の人目線ではもう意味不明な効果だ。あやしい壺と同レベル。
魔道技師から見れば、「絶の属性をいれて生物の侵入を拒む」という効果から、「人払いの魔道具でもつくりたかったのかな? でもこれじゃあだめですよね? どこを変えるか考えましょうか」と世間からは評されそうな──マドニス女史には実際にそう言われた──失敗作だが。
僕的には求めているものを完全に満たしている魔道具だ。
僕は謙虚なので、滅菌とか殺菌とか強い言葉を使わずに、除菌と名付けたが。結局のところ、僕が作りたかったのは無菌室だ。
絶の属性の影響を強くし過ぎると、中の動物(ヒトを含む)にまで影響してしまうし、弱すぎても除菌の意味がない。目に見えないものを相手に、我ながらよく奮闘したものである。
フィールド内に放置した培地で培養を行って、ホクホク顔の結果が得られたというのが、最近の僕の近況である。
材料の高ランクの魔石がめちゃくちゃ高いという事実には、目をつむるとしよう。
これから僕の無菌ライフがはじまる!
◇
「ロディオ様の名前を出して、屋敷を訪ねてきた者が……。どうなさいましょうか」
「あのような身なりの者を坊ちゃまに近づけて、もし病でも移ったらどうするのですか! 追い返しなさい!」
深くシワが刻まれて、峻厳としたという、山に用いるような形容詞が似合うような老女、ヘイロー家の給仕長は、若いメイドの報告を強い口調で突っぱねた。
なんでも、酷い襤褸を身に纏ったものがヘイロー家の門戸を叩いたのだという。
荒い呼吸で、あまり健康状態もよくない様子。
そんな者を屋敷にいれて、ましてはこの家の主の子息に会わせるわけにはいかない。
この世界の医術は、感染源や空気感染といった感染経路を解明するほどには発達していないが。経験則的に患者に近づくことは悪い影響があるものとされていた。
それゆえこれは、給仕長として当然の判断だ。
だいたい、子息の名前を出したといっても、どこかで伝え聞いて、適当に使っているだけかもしれないのだ。
「ロディオ坊ちゃまのことで、何か?」
そんな対応が決定づけられるという、その数瞬前。
ことロディオ・ヘイローに関しては絶大な権限を持つ侍従。メイルダ・マグショットが、それに待ったをかけた。
◆作者からのお願い
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某夢の国に行っていて、だいぶ遅刻しました。
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