第33話 二元の魔法理論
「二元系統を解説する前に。五行系統の説明を聞いて、ロディオ様はどう思われましたか?」
「うーん。まあ、どうにか説明しようとしているけど、なんだか不完全というか、無理やりというか」
そもそも科学的には、5つの属性という元素で考えるのは根本的に間違っているって言いたい。
けれども、アインシュタインが解明したことで有名なブラウン運動によって原子論の話まで展開したところで、そもそも現代的な原子論がないと意味がないし、ここは強く言わないでおこう。
「そうです。多くの魔法使いたちも同様のことを感じています。矛盾も多く、すべての魔法を説明できるわけではありません」
例えば、ウリアがよく僕にかけている呪いだって属性理論では説明できない。
身近にあるものですらそうなのだから、世の中を探せば五行で説明するには誤りがいくらでも見つかることだろう。
「そこで、編み出された──というと発祥に語弊がありますが。矛盾が少ない、より広範囲に適応できるといった面で優秀なのが二元系統です」
マドニス女史はそれまで手に持っていた五芒星の模型を置いて、太極図に似た図形を手に取った。
「二元の魔法では、世の中のあらゆるものを陰と陽の概念で解釈します。その関係性は強弱のみにとどまらず、協調関係なども含んでいます。あくまで二つの物体の関係性のみに着目することで、破綻の少ない解釈を行うというわけです」
二つの物体間なら破綻が少なくなるんだろうか? そうかな? そうかもしれない。
僕は魔法の理論には詳しくないし、彼女がそう言うならそうなのだろう。
「でもそれって、いくら矛盾しないって言っても、二つ以外の関係性について口をつぐんでるだけじゃないか?」
「ええ、まさにそれが二元の欠点です。二元の魔法は、魔法を体系的に説明できるようなものではなく。単に個々の概念に対する解釈をまとめているだけだ、とも言えるでしょう」
つまり、漢方のようなものだろうか。
実際に投与してみて、効果があったものをまとめているだけであって、西洋医学のように体の仕組みを解明して対処しているわけじゃない。
でも、使えるからそれでいい、と。
「で、その陰陽ってそもそも誰がどうやって決めるんだ?」
「誤解のないように言っておくと。繰り返しになりますが、陰陽には五行の属性のような強弱などの決まった関係はありません。この世を二つの視点で理解するための、ある意味、便宜的なものです」
「五行で言う、絶と命とかは、陰陽に近いってこと?」
「少し違うかもしれません。対応する関係という意味では、絶と命の関係は陰陽に含まれますが、例えば水と火のような五行では強弱が定まっている関係でも、陰陽を当てはめることができます」
しかし、強いから陽などと定まっているわけでもなく。その解釈も自由。
本当にただ単に二つに分けるというものらしい。
「ですので陰陽の解釈は、主としては経験則的に行われていますが、主観に基づく解釈を行うこともできます。例えば男女の違いだとしても、単に男性は陽、女性は陰とすることもあれば、逆に女性は子供を産むという特性から女性を陽とする解釈もある、というわけです」
なんだかズルい考え方のように感じられる。
結果が反転してもいいくらいに、自分が勝手に決めてもいいとなると、もうなんでもやりたい放題だ。
もはや分類としてのていを成していない、とすら言えるだろう。
そうなると、当然思いつく疑問がある。
「そんなにあいまいなのに、何かに役立つの?」
「解釈というのは魔法を使う際、特に魔法使い同士で魔法をぶつけあった時に重要となります」
「戦闘用の概念ってことか。それだったら別に今、習わなくても後から勉強すればいいじゃないか」
戦闘で強くなるのは重要だけど、やはりマッドサイエンティストには手数の豊富さだ。
一つの技が強いというより、レパートリーが多いという方がずっとマッドサイエンティスト的に思える。
「あくまで"解釈"が役に立つ場面という話です。系統を通して魔法を学ぶことは、戦闘以外にも魔法を新たに習得する際の補助に役立つからこそ、お話ししています」
あー。これは語気を強めた僕が悪かったようだ。
「そっか。話を遮って悪かったよ」
マドニスは、話を続けると応じて、僕に問いを投げかけてきた。
「ここまで聞いて、ロディオ様は魔法がぶつかり合った時には、どのような結果になると考えますか?」
これまでの説明から推察すると。
五行の場面ではそれぞれに強弱や無関係といった対応が定まっていた。
二元系統でも、経験則的な対応関係は存在するらしいし。
「強いとされている属性の方が勝るってイメージかな」
「ええ。大枠としてはその解釈でいいでしょう。大抵において、五行系統に限らず二元系統でも、物質としての関係性、つまりは属性の強弱は適用されます」
火に水をかけたら、火は消える。というような強弱の概念を考えるとしよう。
五行系統では属性の概念図の一部として記述されていて、二元では経験則的に知られているという違いはあるものの、この強弱自体は共通した認識ということだ。
その上で、火に水は強く、水に強いのは金……とまとめて体系的に解釈しているのが五行。
とりあえず火に水は強いという事実だけを認めて、他の強弱とは絡めないのが二元。
という理解で合っているだろう。
「だからその強弱を知っているのが重要ってことだね」
「はい、それは大前提とまで言っていいでしょう。しかし、魔法使いの扱う魔法での属性はさらに複雑となります。例えば、魔法では水によって消えない火を作り出すことができるからです」
なるほど、たしかに水によって火が消えるというのは、科学的には酸素がなくなり、温度が下がるから消えるのであって。魔法でそれを補ってしまえば消えない火を作ることも可能だろう。
たしか前世でも、オモチャか何かで、水の中でも燃え続けるものがあった記憶がある。
「では、この消えない火を水の魔法にぶつけたらどうなるでしょう」
「まあ、水の壁だろうとスルーできる、ってことになりそうだね」
「それも一つの正解です。水が実際の水を操ったものだったなら、消えない火は問題なく水を通るでしょう。しかし、実はこれは意地悪な問題で、答えは場合により幾つにも分岐します」
水で消えない火としてるのに、水の魔法にも勝てないなら意味ないんじゃないなかろうか。
「最も単純に、両方とも五行系統魔法で定義され作り出されたものだった場合。水であればその定義には"火に勝るもの"という解釈含まれ、"水で消えない"という追加された火の魔法の解釈に衝突します」
たしかに言われてみれば、その衝突は起きるかもしれない。
なんだか水の方がズルい気もするけど、それだけ属性優位というのは最初で勝っているということだろう。
では、衝突した場合にどうなるのかと言えば。
「この場合、魔法に込めた魔力量が結果に影響することになります」
魔力量で我を通すという結果になるらしい。
「しかしながら、その結果になると分かっているのなら、あえて水に火をぶつけるという手法も存在します」
「それってもしかして、水の定義にさらに上乗せで、"水は火に勝る"という定義によっては消えない、と定義するとかってこと? でもそれって水の側にも言えるから、結局、堂々巡りだよね」
「そこまでわかっているなら話は早いですね。実際には、水の相克の定義を様々に潜り抜けようとするため、完璧に対処して防ぎ切るのは難しいとされています」
あれ?
そうなると結局、防御不利ってことになるんじゃないだろうか。
それはマッドサイエンティスト的に死活問題だ。
「もっとも、その定義バトルを越えたところで、水が火を消すという物質的現象そのものは変わりませんから。定義への干渉に加え、実際に火が絶えない様にする工夫と、火の魔法側は多大な魔力を消費することになります」
「そこまで大変なら、今度は火の魔法をぶつける意味がないんじゃない?」
「いえ、ここで重要なのが、形象崩壊という現象です。自身の発動した魔法の定義が大きく揺れる結果を目の当たりにした時に、魔法が崩壊してしまうのです」
火の魔法が効かなかったとしても、残念くらいの気持ちで済むかもしれない。
しかし、水の魔法を使っている側が火で突破されると、その光景に対して違和感を覚えてしまい魔法が成立しなくなってしまうらしい。
こうまで二転三転されると、結局どうするのがいいんだと言いたくなってしまう。
それをマドニスに聞くと、聞かれるのを待ってましたとばかりに話を続けた。
「自分が実力で優っていると思うなら、もっと単純な対処法があります。それは二元系統を使うことです」
ここで二元が出てくるのか。
「二元の魔法は、先ほどまで説明していた通り、個人により解釈の幅を変えることができます。そこにおいて相手に想定されることが少なく、単純な魔力勝負であったり、物質的な相性勝負に持ち込める、となるわけです」
五行の考え方においては、強弱はある程度定まっている。
しかし、これそのものが良し悪しであり、強固な意味を持っていても脆いのだ。
対する二元では、必ずしも強弱を固定化しない。
水によって火が消えること自体は認めても、火によって水が沸騰し蒸散するという結果から、水は火に弱いと捉えることもできる。
それは定義として弱いということもできるが、柔軟であるとも言い換えられるのだろう。
僕としてどっちがいいかと言われれば。
間違いが少ないという意味で二元の方がいい気もするし。
科学的にまとめる気がないという点をつけば、五行の方がマシとも言える。
この印象は、おそらくこの世界の学者や魔法使いも感じているということだろう。
「最後に余計な説明を加えてしまいましたが、大まかな系統の説明は以上です。あとは習うより慣れろ。実践をやっていきましょう」
長かった座学も終わり、ようやく実践的に魔法を習得できるらしい。
なんだかもう僕にはお腹いっぱいで、魔法を習得しようという気概もあんまり残っていないけど。
◆作者からのお願い
★や❤︎での支援、ご拝読を頂きありがとうございます。
「続きが読みたい」「面白かった」と少しでも感じましたら、『★で称える』の高評価をよろしくお願いします。
フォローや❤︎の応援、コメントなどもいただけると励みとなります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます