第32話 五行の魔法理論


 マドニス女史は、初日のドレスとは打って変わって地味な洋服を身に纏って教鞭を振るった。


「意外でした。その……、あまりロディオ様は魔法に関して詳しくないのですね」

「正直に『魔法に関して、まったく知識がないんですね』って、言ってもいいよ」

「そこまで皮肉ったらしくは言いませんとも」


 結局のところ、今の僕には魔法に関する知識はない。

 いつか習得しておきたいとは、常々思っていたのだけれど。魔道具の製造などで忙しく、結局後回しとなってしまっていた。


 そんな僕の様子に、マドニス女史はわずかに思案して言った。


「知識の確認というのはもうやめましょう。最初から、とさせていただきます」


 僕のために準備していたとおぼしき書類を仕舞い、しばらく席を外してから戻ってくると。

 今度は五芒星の形をしたシンボルと、太極図のような形をしたシンボルを手に持って、マドニス女史は僕の部屋に戻ってきた。



「この世にある魔法の、分類法というのはいくつもありますが。学修上で重視されるのは、系統と呼ばれる分類です。この考えではまず、非常におおざっぱに言えば、魔法は系統魔法と系統外魔法に分類されます」

「系統外に分類されてしまう魔法がある時点で、網羅的ではない気がするけど?」

「ええ。この考えはわかっている範囲の魔法しか分類を行いませんから。ただ、この筋の研究者は、最終的にはすべて系統として分類可能だ、ともしています」


 わかっている範囲……。

 なるほど、学修上で重視される、と強調した意味が分かった気がする。


「この系統魔法について、さらに大きく二分されます。それが五行系統と二元系統です」

「魔法を学ぶなら、その五行と二元の両方を学ぶ必要があるってこと?」

「そうなりますね。厳格に元素に分けて理解する五行と、より単純であっても広範囲に適用できる二元。どちらにもメリットデメリットが存在します」


 マドニスは「厳密には太元系統や混源系統などと、さらに分類がされる場合もありますが」と小さく続けた。


 少し複雑になってきた。

 科学の公式とはまた違った複雑さだ。

 科学では、元よりシンプルな結果を求めるものだけど。魔法はまるでその逆を行っているような気さえする。


「五行系統魔法では、創世から導かれる元素概念に、現実にある魔法を当てはめる形の理解を行なってきました。この元素としては火、水、風、金、土の5つの属性を用いることが一般的です」


 マドニスは持ってきたシンボルのうち、五芒星の方のシンボルを掲げながら、五行で扱われる元素についての説明を行った。

 聞く限り、五行はいわゆる属性魔法ということだろう。

 火、水、風、土のよくある4元素に、金を加えているのは、前世での西洋と東洋の中間のような考え方と言えるかもしれない。


 しかし、前世のゲームなどでは雷や、光と闇などを加えた属性概念が用いられていることがある。

 この世界にも存在するはずの、5属性では説明しきれないこれらの概念はどのように分類されるのだろうか。


「光とかって元素に含まれないの?」

「察しがよいですね。火や水などの五大元素は物質元素や形而元素と呼ばれ。それとは別の次元として、光や闇、生命の有無を表す絶と命、より観念的な聖と邪などの、無形元素と呼ばれるものが定義されます」

「はぁ」


 つつくと、翻訳するのも難しい概念が出てきた。

 絶と命というのは生死ではなく、そもそも生物がいるかいないかという概念らしい。


「例えば火……だと少々説明が難しいので、水の属性を例にしましょう。水に対して絶の属性があれば、ただの水ですが。命の属性を持つ水は身体に多く水を含むスライムなどの生き物を示します」

「人間も水が多く含まれると思うけど、命の水ってことになるの?」

「魔法は知らないのに、そんなことは知っているんですね……。ええ、人を含め多くの動植物は命と水の属性に分類されると言えるでしょう」


 死、と考えると、元々生きていたものが死んだという因果関係が含まれてしまうが。絶と命にはそのようなものはなく、単なる有無。無機と有機のような観念に近いようだ。

 アンデッドのような存在があるのが原因となって、生死の概念と、生き物の有無の概念を明確に分けているのかもしれない。



 わかってなさそうで全くわかってない僕に対して。

 マドニス女史は五芒星のシンボルを横向きにして見せた。

 軽くいじると五芒星から上下に浮いた方向に白と黒の装飾が浮かび上がる。


 平面方向で関係性のある5元素と、それとは直交して無関係な垂直方向の元素が存在するということを表しているのだろう。


「無形元素の属性は、物体そのものとは別の観点から分類するもので、それが宿る物質元素とは無関係に定まります。同じ火であっても、神の祀る神聖なものと、悪霊による邪悪なものが存在するのです」


 なんか変だと思っていたが、どうやら宗教的観念がごっちゃになっているのかもしれない。そこに中世的な未熟な元素概念を取り入れた結果、それはもう渾沌とした魔法概念になっているのだろう。

 しかもこれで、まだ二元の方が残っているだって?

 なんてことだ。


「無形元素同士でも、別の次元として互いの干渉がありません。なので、絶の属性を持ちながら聖なる力を宿す物体も存在しますし、逆に絶の属性であり邪悪な力を持つ魔物なども存在します」

「じゃあ、光の魔法に対して聖とか邪の魔法をぶつけても、特に強弱の関係はないってことだね」

「その通りです。聖と光は混合されやすいのですが、よく分かりましたね。逆に、火や水などの五大元素には各々に強弱の対応、相克があるとされています」


 話は5つ元素、五大元素の相克の話に移った。

 こちらは前世の五行に程近く、火<水<金<土<風<火...というような循環した関係があるらしい。



「つまり、五行の魔法は五大元素の相克に気をつけながら、それ以外の無形元素の要素でバリエーションを増やしてるってことか」

「身も蓋もないことを言えばそうでしょう。一応、学問としては、これらの属性を組み合わせることで、世界を網羅的に認識する意図があるのですが」


 マドニスが言うには、無形元素を組み合わせると、様々なこの世の物体を説明できるとされているらしい。


 例えば木を考えると、命を宿しているから命の属性をもつ、主に土属性の物体と認識される。そこに聖が加われば聖霊樹とか世界樹とかに、邪が加われば魔物化した木である魔木となる。


 さらに魔法として考えれば、火や水に命の属性を織り込んだ魔法を使えば、動物のように対象を追い回す魔法になる! とこの世界の昔の人は考えたようだ。

 現実にそういう魔法が存在するのだから、前世の科学的な知識を持つ僕としては始末に負えない。


 悪魔が宿った火を扱う魔法や、石を鳥に変えてしまう魔法といった、おとぎ話のような魔法が存在する世界で。一体どのように体系的で網羅的な理解を行うべきなのか。

 この世界の住民も考えあぐねているのだろう。



「そうなると、魔石ってどの物質元素に含まれるの? 単に土とか金じゃないよね」

「本当にロディオ様は、研究者らが考えた最大の疑問をサラリと指摘しますね。魔石は魂としての火の結晶なのだとされています。この説明にはプリママテリアという原始元素が必要となるのですが。まあようするに魂や魔力のことです」


 魂としての火、とは何かというと。この文化圏では宗教的な考え方だ。

 魂は火でできているというふうに解釈しているらしい。

 火の属性に魂が含まれる、ということだ。かなり強引ではあるけど、氷が水の属性に含まれていたり、雷や磁力が金の属性に含まれていたりというのと同じとされている。

 なんだか、納得できるようなできないような……。


 しかし、まあそんな解釈のせいで、困ったことも起きている。

 火に魂が含まれるせいで、物質元素としての扱いをしてきたくせに、同時に無形元素的な要素も持つという変な性質が考えられているのだ。

 温かい物体と冷たい物体、燃える物体と燃えない物体みたいな観点だと聞けば、そういうものかとも思えるが。


 だからって魂を無理やり火に入れることもないだろう。

 素直に魂属性を作ればいいものを。



 彼らの言い分としては、全ての動物には魂としての火が宿るとされていた。

 動物の持つ温もりへの疑問に加え、動く木やゴーレム、スライムなどが存在する世界で、生き物の定義を問われて悩んだ結果。魔石を証明とすることを考えたらしい。

 魔石のない通常の動物はどうなるのかと言えば、彼らの魔石は熱として体に拡散し、小さすぎて見えなくなっているのだ、としていて。逆に冷たいのに動く魔物は、火が魔石として結晶化している、と考えている。

 一応、これで温かい動物も冷たい魔物も、魂を持つ生物として同じ分類にできる、というわけだ。



「五行系統の魔法の習得では、個人により属性の偏りが生じます。例えばある人は火や邪の魔法に秀でたり、全く命の魔法が使えなかったりという具合です」

「それが回復魔法とかの希少さに繋がるってこと?」

「そうですね。治癒を行う魔法には水と命、両方に優れた才能を持つ必要があり、希少だということになります」


 だとすると、僕の得意な分野はその2つの属性になるのだろうか。

 僕としては、属性に才能の優劣があるということ自体、変に思えるんだけど。


「さらに、五行系統は五芒教と深く結びついています。特に、総本山であるカルミシルタ聖国では二元系統を禁止していますが、まあこれは雑学の範疇でしょう。一応、このシェンドール王国は五芒教を信仰していますが、二元系統を禁止するほどではないですね」

「たしかに、思い出せば教会で五芒星のようなシンボルを扱った記憶があるな。あれって、五行系統の魔法から来てたんだ」

「ええ、この五芒星を描く祈りの所作は、五大元素への信仰から来ていると考えられています」


 マドニスは星を描く様な所作を行いながら言った。

 それは、伺神祭の時に見た、父さんや母さんがやっていて、僕が見よう見まねで行った祈りの動作とそっくりだった。


「五大属性は五芒教の5つの神に対応していて、この5柱の神とジョブの守護神の関係により、最終的には獲得可能なジョブに影響するとされています」


 五行系統は体系的に説明しようとするだけあって、ジョブの獲得の解釈にまで手を伸ばしているらしい。

 あれは単に獲得条件があるものだと思っていたけど、属性の才能も関係してくるのだろうか。



「さて、二元系統の説明へと移りましょう」


 ちょっと忘れていた。

 この世界の魔法は、属性魔法を理解して終わりではなかったんだ。





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