第30話 前途多難な給与体制


 人体実験の成果、について触れる前に。

 僕の実験に協力してくれた奴隷について紹介しよう。


 彼女の名前は、マルカ・セレティカ。僕が買ってきた奴隷娘6人組の一人だ。


 ああ、そうだ。

 一応言っておくけど、これは別に死亡報告とかじゃない。


 それで、なぜそのマルカが選ばれたかと言えば。

 まあ、ある意味、彼女が6人の中で一番バカだったからだ。




 あれは、僕が設定した最初の給料日から、ほどなくしてのことだった。


 ◇


 奴隷たちの職業訓練も順調で、『魔石残量インジケータ』の生産は僕とメイルダの二人から奴隷少女たちに移行し始めていた。


 彼女らを購入した最初の月こそ、僕が食事に衣服を支給したが。いよいよ彼女たち自身でお金を使ってそれらを準備することになる、という頃。

 『魔石残量インジケータ』の完成品までもってくることに成功した彼女たちに、僕は約束していた歩合給を日あたりで支給した。

 お金の使い方に慣れるための、一種の訓練だ。


 貯めることの重要性や、価値観の植え付けを目指していたんだけど。

 見事に全員使い切ってくれた。

 良い方の見本がいなくて困ったくらいだ。



 初日はまず、なんだかよくわからないから放置しよう、ということになったらしく。僕の意図していない意味での貯金が行われた。


 二日目に、彼女らの中で最初に行動を起こしたのはクロータだった。

 クロータはお金でご飯が食べれるということだけは覚えていたらしく。食料に換物。

 ちなみに初日の分まで含めて変換された食料は、すべてその日のうちに消費された。

 そんなに食事は足りていなかったんだろうか。一応、僕が食事の面倒を見ている間はおかわり自由なはずなんだけど。


 しかし、最初に行動したのがクロータだったのが悪かったのだろう。

 その後、奴隷少女たちの中で、金はもはやただの食料の引換券と化してしまった。

 彼女らは、自分が食べれきれない分まで食料に交換。

 そうして余った分は、すべてクロータが消費した。



 その後の事情聴取によると、彼女たちの言い分は、「クロータはおなか減ってるって言うから……」とのことだった。

 これが原始共産主義……って、こと?

 互助の精神は結構だが、僕としては自分の欲しい物にお金を使う、という認識を持ってほしかった。


 まあたしかに、孤児院から奴隷と、基本的に上から物が降ってくる生活を送っていた彼女たちには、何かを自分のものにするという観念が育ってなくてもおかしくない。

 私有という概念のない原始共産主義は資本主義より幸せだった、なんて話も聞いたことがある。そうすると、なんだか悪いことを教えようとしている気分だが、残念ながら世には資本主義の原理が罷り通っている。

 揺籠の中の共産主義ではなく、彼女たちにも厳しい資本主義の中で生きてもらわねばならないのだ。



「結局、試用期間でも介入なさることに決めたのですね」


 僕は当初、彼女らが自分で考えることを観察するために、静観する予定だった。


「うん。まあこのままだと、クロータがたくさん食べるだけで終わりそうだからね」

「助け合うというのは、一塊として扱っていくのであれば好都合かと思いますが」

「一方的すぎるかな。クロータがいい思いをしてるってことで、後から遺恨ができても良くない。それに、欲しがっている人がいたら、何も考えずに何でもあげてしまうというのもダメだ」


 仮に本質的に善人の鑑のような性格だとしても。何か物を与える時は、自分がその何かを失っているという程度のことは、認識した上で施しという善行を選択すべきだ。



「だからといって、奴隷のためにそこまで致しますか」


 そこで僕が考えた施策とは、簡単なマーケットを開くことだった。

 メイルダ的には、奴隷のために僕が物を買ってきて、使いっ走りのようになっているのがあまりお気に召さないようだ。


「まあ、これくらい自分で用意した方が早いしね」


 目的に、予算、販売相手まで考えると。それをいちいち人に説明して買ってきてもらうより、自分で用意した方が手っ取り早くなってしまうのだ。


 マーケットには、とりあえずオモチャと簡単なオシャレ用品を用意した。

 とはいえ、女児向けの人気商品だなんて、あまり僕にはよくわからない。この世界にプリ〇ュアがあったら、僕は迷わずそれを買ってきていただろう。



 確かに、流石に最初から、自分で欲しいものを探して自分の欲求を満たす、というのは難しかったかもしれない。

 しかし、今回のように目の前に欲求を用意してやれば。需要が喚起され、自分の欲求を満たす、趣味に使うお金の使い方を理解できるようになる、と期待したい。


 なにより現状のままでは、彼女たちはお金を食事の引換券だと勘違いしたまま生きていくことになってしまうのだ。




 マーケットにより、奴隷少女たちはファッションに目覚めた。


 挙句、オモチャのパーツすら髪留めのような形でファッションに取り入れている。

 知恵の輪に、そんな使い方があったのか。


「いえ。坊ちゃまが遊ぶような大人用の知育玩具は、あまりに難しすぎたのではないかと」


 うむ、まあ彼女らの中で利用法が見つかったのなら、それでよしとしよう。


 ちなみにクロータは何も買わなかった。

 あえて食品はお菓子も含めて一切用意しなかったが。彼女にとっては目の前の品物よりも、あくまで食料の方が優先度が高いらしい。



 はてさて、今回の僕の施策は、中々成功と言えるのではなかろうか。

 この調子で最終的には、どんな物にはどれくらいの価値があって、それを手に入れるためにはどれくらい頑張るべきか、というのを自分で考えるようになってほしい。

 食品だけでなく、様々な物の価値を知ることは、労働意欲の向上へと繋がっていくのだ。




 多難に始まり、多難に終わった給与制度の試用期間だが。


 教えることを予定していたお金の使い方のうち、全てを教えきることはできなかった。

 具体的にいえば。結局、僕は貯金の意義を教えることができなかった。


 もちろん、貯金しないと買えないような商品というのは用意していた。しかし、見向きもされなかったのだ。

 僕が魅力ある商品をプレゼンできなかったというのも一つあるだろうけど。それより大きい原因として、彼女たちの中では、今手に入らないものはもはや意識から外れてしまうらしい。

 手に入らないものへの諦めが早いという感じだ。これも彼女たちの境遇を考えると納得もいく話かもしれない。


 だいたい、貯蓄というのも本来、飢餓状態があるから生まれる発想だ。

 ただ言葉やその意味だけを教えることはできても、彼女たちにはまだ自身で実現してみるということはできないだろう。

 僕が食事を支給している今の間には、貯蓄することの必要性は実感できないのだ。


 まあ、要するに必要なのは人柱だということだ。



 最後に、クロータに関しては……、完全に給与制にしたときには、少し種族の違いを考慮した方がいいかもしれない。

 ただ、おかわり自由といっても無限に食べるわけではないのだから、それ以外の時も食べているというのは、もう趣味の一環と言えるのではないだろうか。

 いくら食べても食べ続ける彼女には、もはや別のお金の使い方を教える方が無駄なのかもしれない。



 ◇


 さて、マルカの話に移ろう。

 マルカはファッションに目覚めた奴隷少女たちの中でも、一際それに熱心だった。


 なんだか、オリンピック選手の紹介映像での両親へのインタビューみたいだが。

 彼女が後に取った行動の、根本原因はファッションへの人一倍の興味にあると信じたい。ただの見栄とかだったなら、彼女が浮かばれない。



 ファッションに興味があったというだけあって、マルカは完全に給与制となって大金を手にしたその日には、彼女は新しい服を身に纏っていた。


 しかし、違和感を覚えたのは給料日から2日経った時だった。


「今日は、ワンピース、なのです!」

「すごい! どこで貰ったの?」


 確か昨日は上下が分かれているタイプの服装だった。

 2日目にして、もう異なる衣服。貸借なんて概念は理解していないはずだから、購入した物のはずだ。


 僕が軽く頭の中で計算するには、まあギリギリ足りるかもしれない。

 意外といい買い物をしたと言えるだろう。


 マルカの、明日からの食費が0になるということを除けば。



「ねえ、マルカ。いまあとどれくらいお金ある?」

「使い切りましたよ! ロディオ様!」



 マルカは、ある意味優秀なお手本となってくれた。

 もちろん反面教師のお手本だ。


 満面の笑みに、ドヤ顔で、そんなことを言わないでくれ……。

 いやホントに。



 一応、弁明しておくと。

 僕は給料日に、明日からはご飯を支給しないこと、お金はまだ使い切ってはいけないことを散々説明していた。

 しかし、マルカには僕の予想以上に、計画性というものが抜け落ちていたらしい。

 つまり、"給料日の時点では"まだ使い切ってはいけないが、その次の日なら問題ないと考えたのだろう。



 ……はァ。

 まあ、おかげで人体実験の対象が、満場一致かつ可及的速やかに決まったのは、良かったと思うことにしよう。


 うん、人体実験のお賃金あげるよ。

 今度は使い切らないでね。



 あ、ちなみに人体実験の結果、僕の『手投げ閃光グレネード』は人間でもちゃんと効果が発揮されました。



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