第28話 ヘイロー家の昼食


「フムン。最近、その……なんだったか、お前の発明品が順調だと聞いたぞ」

「ハイ。『魔力残量インジケータ』の生産と販売は順調ですね。ハイ」


 僕は、家族と一緒に昼食をとっていた。

 特別な機会というわけではなく。いつもの光景だ。



 家族団らんの場というのは、テレビとかの存在によって形作られたものだという。

 放映されている一つの話題をもとに、家族で話し合うということで、一家団らんの場となっていったのだ。


 では、テレビなんて存在しないこの文化圏で、ヘイロー家はなぜ集まって食事をとっているのかというと。

 食事に、近況報告っぽい部分を兼ねているからだった。


 それゆえか、最近の様子で特に変わりもないイリーゼやウリアなどは、早く自分のことに戻りたいとばかりに、そそくさと食事を口に運んでいる。

 いや、ウリアの近況報告なんて、こんな食事の場では誰も聞きたくないけども。



「私たちの所領では、ダンジョンの産物ばかりが生産品だったからな。しかも、聞くところによると、ギルドでも再現ができないと聞くではないか」

「ハイ。そうですね、光栄です。ハイ」


 魔道具商工ギルドとか言っただろうか。

 シェンドール王国の王都にあるという魔道具に関する互助協会、魔道具商工ギルドは、この国の魔道具開発を担っている組織でもある。

 研究に関してはまた別の国立組織があるんだけど、金儲けが絡む研究開発はこのギルドの開発局のほうが有名だ。前世でいう民間の研究所と言われていたそれに近い。


 まあ、そんなところに所属する面々なら、よっぽど無能でもない限り、そのうち僕の『魔石残量インジケータ』も再現されることだろう。

 なので、僕の当面の目論見は、それまでに出来るだけインジケータを普及させ、金を稼いで別分野に投資することとなっている。


 失礼。"金策方面の"、当面の目論見だ。

 僕の目的はあくまでマッドサイエンティストになること。

 『魔石残量インジケータ』とかは、あくまでもそのためのものだ。



「どうだ? なにか新しい発明品とかはないのか? おまえの研究のためなら、いくらでも工面するぞ」

「ハイ。まあいい感じですね。支援は今のところ十分ッす。ハイ」


 ちなみに僕も、早く自分のことに戻りたいとばかりに、そそくさと食事を口に運んでいる側だ。


 研究資金という面では、もう十分自分で稼いでいるし。どちらかというと今足りないのはマンパワー、人手の方だ。

 しかし、そのマンパワーと言っても、それこそ奴隷のようなただの人手ではなくて。自分で考えて研究が進められるような、より高度な人材が必要となっている。

 当たり前だけど残念ながら、そんな都合のいい人材はそこらへんには転がっていないのだ。


 ただ、感謝していないなんてことはない。

 クロータたちをすし詰めしている宿舎も、彼女らが働いている工場も、ヘイロー家が保有して余らせていた建物を流用しただけだ。

 本来なら、こんな設備投資のために株式とか銀行融資とかを求めなければならなかっただろう。


 ありがとう、父さん。

 でもご飯食べてるときに話しかけないで。



「フムン。研究と言えば、ウリアだって色々父さんに頼んでいいんだぞ? 欲しいものがあるなら何でも言いなさい」


 その瞬間。食堂に緊張が走った。

 僕の母親であるマリーナの眼は、鋭く父さんを睨んでいる。

 誰だって食事の最中に、ゲジゲジとかゴキブリとかそんなところの不快害虫の話なんてされたくないのだ。


 しかし、まさか話題を振られるとは思っていなかったのは、ウリアも同じだったらしく。

 彼女は、ゴホッとのどを詰まらせた。



 そんな中、突然。

 パシコーンと小気味良い音が響く。



 音の正体は、この場で未だ僕が紹介していなかった最後の女性。

 イリーゼとウリアの実母、オカレナ・ヘイローだった。


 正確には、オカレナが父さんをぶったたいた音だ。


「アナタ? 食事中に不快な話なんて行儀が悪いですよ?」


 ナチュラルに自分の娘の話を不快な話に置き換えてるけど、それでいいんだろうか。


「大体、子供たちに話しかけすぎです。食事中にしゃべりすぎる癖でもついたらどうするんですか!」

「フムン……。しかし、私にはこれくらいしか話しかける機会はなくて……」

「そうだとしても、です。ロディの話なんてもう何度目ですか! 誇るのはよいですが、そんな毎日毎日進展があるわけでもないのですから、同じことを聞く必要はないでしょう!」


 そう、父さんの話はもう幾度となく繰り返したものだった。

 僕の『魔石残量インジケータ』の話なんて、もう何度話したかわからない。



 一応言っておくが、オカレナ母さんは普段は温厚な性分だ。

 明るめの髪色でも顔立ちはキツめなマリーナと対照的に、ウリアによく似た黒髪で暗い色合いにもかかわらず温和な雰囲気となっている。いつもは。


 しかしそれも、今日の父さんがウリアの不快な話にまで言及し始めたせいで、ついに琴線に触れてしまったのだろう。

 これはあれだろうか。

 普段、怒らない人が怒ると何とやらという奴だろうか。




「ロディオもロディオです。同じ話とはいえ、あの適当な返事は何ですか! 乱暴な言葉遣いもいい加減になさい」


 グチグチとそのあとも長々と父さんを叱っていたオカレナのお叱りは、僕の方にまで飛んできた。


「話がつまらないのもわかりますが、それならそれで、『ハイ、順調です。これも父さんのおかげです。今後は自立できるように頑張らせてもらいたいです』くらいの御世辞を言って、会話を終わらせるような話の道筋を立てなさい。これくらいできるようになっていかないと、社交界で苦労しますよ」

「ウグッ」


 社交界……、ウッ頭が。

 男爵家の四番目という僕は、貴族なら必須参加の社交界で、あまりいい立場ではない。

 マッドサイエンティストとして周りの評価なんて気にしたくはないが、凡人な中身としては割と今から憂鬱だ。



 一方、オカレナ母さんは事情があって、ウチに嫁ぐことになったということもあり、実はヘイロー家よりもだいぶ格が上の家出身。

 普段の雰囲気だと、むしろマリーナとオカレナは出身の地位が逆なんじゃないかと思えるけれど。


 しかし、家柄の良い家出身ということは、それだけ貴族社会に精通しているということで。

 彼女が言うのなら、それくらいの言い回しで切り抜ける処世術をもっていないと、実際に苦労するのだろう。

 耳に痛い話だ。



「それからイリーゼとウリア!」


 自分は悪いことはしていない、とばかりに対岸の火事を気取っていたイリーゼは、突然名前を呼ばれて、さっきのウリアそっくりにのどを詰まらせた。


「貴女たちは、行儀悪く大きな口を開けてバクバクと……。それも大概ですが。たとえつまらない話だとしても、耳を傾けているそぶりくらいはしなさい!今後、格上の家の御子息を前にして同じ無礼を働くつもりですか。話しかけられてのどを詰まらせるなんて最悪です!」

「「「ウグッ」」」


 何度もつまらないと言われてる父さんが、いい加減可哀そうになってきた。


「ほらそこで、いまもこの場の雰囲気に合わせているアンネの、なんとしっかりしていることでしょう。三人とも、ちゃんとお姉さんを見習いなさい!」


 怒りの矛先にもならず、毒にも薬にもならない、影の薄い一番上の姉さん、アンネ・ヘイローはイリーゼやウリアと違って、突然話題にあがっても何ら動じることはなかった。

 のどを詰まらせるなんてことはなく。

 平然と、貴族の娘然としている。


 褒められたのを過度に喜ぶでもなく。

 しかし今の(久しぶりに)注目されている状況で不自然や迷惑にならないように、食事に手を付けることもなく。

 やんわりとした深すぎない笑みを浮かべている。

 単に達観しているだけな気がするのは、気のせいだろう。




 食事の風景は、嵐の過ぎ去ったあとのように一変していた。

 特に、お叱りを受けた面々には微妙な空気が漂っている。


「そうだ。ちょうどいい機会ですし、そろそろアンネのことも言っておいたほうがいいでしょう?」


 何がちょうどいい機会なんだ、と4、5人はオカレナに対して思ったことだろう。


「フ、フム。そうだな。イリーゼ、ウリア、それからロディオ。よく聞きなさい。アンネはもうしばらくしたら、この家を離れることになる」

「学校というのはわかるかしら? アンネはそこで暮らすことになるの」


 オカレナがお怒りになっていた間、沈黙を保っていたマリーナが口を開いた。


「でも離れ離れというわけではないわ。休暇があるたびに帰ってくるし、そう待たずに貴方たちも学校に通うことになるから」

「え、姉さんいつ行くの? 来週?」

「イリーゼ、そんなわけないでしょう。まだ何か月も先の話よ」

「アンネもちょっと違うわね。王都に行く期間もあるから、再来月くらいからは準備することになるわ」


 間違いを指摘されたアンネ姉さんは「……は、はい。母さん」と小さく答えた。


 前に僕が、ジョブのことを学ぶ機会がある、と触れていた学校での学生生活が、アンネにはもう結構すぐそこまで近づいていたのだ。



「寂しくなりますけど。三人も残りの間アンネのことをちゃんと見習って、学校に行く前の勉強をしていかないといけません。とくにイリーゼは。わかりましたか?」


 はい、と僕達三人で声をそろえた。


 イリーゼとアンネの歳の差は1つなので、名指しされたイリーゼは、来年には学校に通うことになる。

 去年のアンネもこのころから、学校に行くための勉強を始めていたのかもしれない。


 ちなみに、アンネと僕の歳の差は3つなので、三年後には僕も学校に通うことになるだろう。



「フム。そうだな。二人の言う通りだ。だからお前たち三人は、自分のことばかりじゃなくて、この機会くらいはアンネの言うことも聞くんだぞ」


 父さんが、話も終わりとばかりに最後に口を開いて立ち上がる。

 それを見て、とっくにご飯を食べ終わっていた僕とイリーゼとウリアの三人も、席を立った。




 明日からは、もう進捗を毎日のように聞かれることもないだろうけれど。

 ちょっとだけ匂わせた、次の発明品の開発もそろそろ大詰めとなる。


 これは……。まあ、今回は特に売れ行きというのは気にしないつもりだが。

 戦場に出るマッドサイエンティストとして、重要なアイテムの一つとなる予定だ。

 気を取り直して、今日も気合を入れて研究を進めていこう。






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